先程居た森の縁からさらに奥。
鬱蒼とした森の中を歩き進める。
すると、何の変哲もない洞のある木に辿り着いた。
私と7番は小指を洞の中へと入れる。
すると洞の縁がめきめきと音を立てながら、人が1人通れるほどの薄暗い空間に広がった。
1歩踏み込むとそこには、薄黒い水面のようなものがある。
躊躇することなく、中へと足を進める。
後方ではめきめきと木が軋む音がして、一気に暗くなる。
『生命体・2体の存在を確認。』
暗闇の中、人間味のない音声が鳴り響く。
『7番・8番ご帰還』
その音声と共に目の前が明るくなる。明順応が済み、目の前にはいつも通りの光景が広がる。
吹き抜ける爽やかな風と草木の匂い。美しい草木に彩られた庭の奥には、1軒の屋敷が佇んでいた。
ここに季節は無い。いつも同じ天気と気温。変わるのはここの主人の気分によって咲き乱れる花や、葉や枝の賑わいくらいだ。
今日は余程気分がいいのか、いつも以上に華やかな花が多く咲いている。
屋敷に続く道を歩くと1人の人物が出迎える。
執事服を身につけ、左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回し礼をしている。
「お帰りなさいませ。7番様。8番様。」
礼をしたまま出迎えの言葉を話す人物。
「顔を上げていーよ。ヤギさん。」
そう言うと体をすっと起こす。その所作は洗礼されており美しい。
頭からすっぽりと黒い布を被り、素顔は見えないようになっている。
「ヤギ。俺たちに何の用だ?」
弟モードからいつもの調子に切り替わっている。
「主様からお2人へ面会の命令が出ておりますので、それをお伝えにと」
「ふーん。まぁ私達も丁度用事があったし…いいよ。その命令しかと承りました。」
「…俺も特に問題は無い。8番と同様引き受ける」
「了解致しました。主様にお伝え致します。お2人はそのまま主様の書斎へお進み下さいませ。」
そう言いうと、ヤギの体が二つに分裂した。片方がぬるんと影に溶け滑るように室内へと消えていった。
「それでは雑事がありますゆえ、失礼致します。」
そういうと残っていたヤギも影に溶け込みその場から跡形もなく消えた。
いつ見ても不思議な人物だ。
「雇用主からの話ってなんだろう?姉貴」
首をコテンと傾げこちらを見つめている。
2人きりになりいつもの調子に戻る7番。
「十中八九…アカデミー入学の件についてだと思うぞ。弟よ。」
そう言うとハッとした様な顔をして、キラキラとした目でこちらを見つめてくる。
「そ、そうか!さすが姉貴…!」
こやつは少々私を過大評価している節がある。子犬みたいに目を輝かせて可愛いが……
……ま、可愛いからいいか。
「早速…雇用主の所に行きますか」
「うん!分かったよ!姉貴!」
後ろを子犬のようにパタパタと着いてくる。やはり、可愛いものだ。
廊下を真っ直ぐに歩いていると、目的の場所に到着した。ここは不思議で真っ直ぐ歩いているだけで目的の部屋に着くようになっている。
「雇用主様。7番・8番到着致しました。」
そう言うと目の前の扉が開かれ、中に1人の人物がいた。
扉の外を眺めていたが、部屋の中に踏み込むとこちらに目線を向けた。
黒い帽子に黒いドレス。レースで顔を覆われ、緑の双眸がこちらをじっと見つめている。
「あらあら、可愛い子供たち…いらっしゃい…」
物腰柔らかで落ち着いた声音。
足音もなくあっという間に目の前に詰められる。
「ッ?!」
後ろにいる7番が戦闘態勢に入り、緊張が走る。今にも牙を向きそうな7番にハンドサインで、待て と指示を出す。
困惑しながらも、それを忠実に守り、警戒はとかないが静止した。
「……雇用主様…要件はなんでしょうか?」
胸の前に手を当てお辞儀をしながらそう問いかける。
「んもう…つれないのねぇ」
「貴方に構っていると日が暮れてしまいますからね…たぬき爺…」
そう言うと目の前にいたミステリアスな人物は、強面の初老に変わった。
「はぁーーつまらぬ。騙されぬのはお前くらいだぞ?8番」
そう言いながら部屋の中央に位置する椅子に腰かける。
「…???」
ポカンした顔をする7番。無理もない。このたぬき爺の変化はかなり高度な技術だ。
「7番…さっきの人とたぬき爺は同一人物!」
「そ、そうなのか…」
目をぱちくりさせながら状況を飲み込もうとしているようだが、まだ少し混乱しているようだ。
「それじゃよ!その反応がみたくてのぅ…いやぁ…幾つになっても辞められないのぅ…」
このたぬき爺は、時々こうして我々を試す癖がある。
話している通り、ただ単に人を驚かせる事が趣味なのか…はたまた、こちらの能力を測っているのか…
腹の底が見えない爺だ。
「…はぁ…で、アカデミーの件なんだろう?要件ってのは。」
「そうじゃった!ほれ、これが今回の任務の内容じゃ。」
そう言うと1枚の巻物を手渡された。
中には今回の任務の目的。そして、私達の仮の身分の設定など事細かに書かれている。
「……なるほどね…これなら7番でも設定を守れると思うよ。」
「じゃろ?我ながらいいアイデアじゃ!それに…8番…お前もこの方が都合いいじゃろ?」
それは確かにそうだ。ほんとに気が利くと言っていいのか…
「……!!」
司令書を見て、嬉しそうな瞳でこちらを見つめる。表情に変化は無いが目が輝いている。
「改めてよろしくな。我が弟よ?」
「!!… 姉貴っ!」
こうして私たちは姉弟として学園へ入学する事とになった。
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