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#恋愛
#長編
「おはようございます……?」
いつも通り一階に降りてみたら、ルティ様の姿がない。この時間ならすでに調理をしているはずだ。
「ルティ様?」
一階を探しても見当たらず、四足獣のモフモフたちは暢気に階段ではしゃいでいる。
(本当に……眷族なのよね?)
ちょっと不安になったけれど、緊急性はないのかもしれない。二階に戻ってルティ様の部屋の前であることに気づいた。
部屋のドアに「体調が悪いので少し休みます。部屋には入らないでください」と張り紙が貼ってあった。文字は震えていたのか歪んでいる。
(体調が悪いのに、一生懸命書いたのかな)
そう思うと、ドアの向こうに居るルティ様のことが心配になった。復讐したいと思った相手だけれど、弱っている姿を想像すると胸がギュッとする。
チリン。
来訪を告げるベルの音を聞いて、一階に向かった。来訪者は温泉都市リディスの商店街を取り仕切っているニコレッタさんだった。
「ハロロー、シズク」
「ハロローです」
このハロローとは、ニコレッタさん特有の挨拶らしい。外見は六十ぐらいのおばあちゃんなのだが、背筋はピント伸びていて、深緑色の軍服に近い服装姿だ。ニコレッタさんは狼人族の血を引いているらしく、灰色のケモ耳と、尻尾が目立つ。灰色の長い髪は三つ編みにしていてちょっとお洒落で可愛い。
基本的に食事はルティ様が作るけれど、魔物の出現による討伐やら会合とかで、家を開ける時に私の面倒を買って出てくれたのが、ニコレッタさんだった。《リストランテ・ハナザクラ》のオーナー兼料理長でもある。
エリルカの一件を重く受け止めたニコレッタさんは、異物混入やら料理人の風上にも置けない連中を一掃したのは、記憶に新しい。
西の森は様々な種族も多く、ルール上曖昧にしてきた部分があったので、今回のことで他種族の長を集めた会議の末、共通ルールを改めて設けたとか。
「今日から三日間は古満月だからねぇ。上位種族様は魔力量が多いから、キツイのさ」
「そうなのですか?」
「なんだい。若旦那から聞いてないのかい? まったく。どこか抜けていると言うか、あーそれとも他種族も同じだと思っている感覚が抜けないのかもねぇ」
そう言ってニコレッタさんは食材などを補充して、私の朝食も紙袋に入れて持ってきてくれた。
古満月は、魂と肉体が重なり調整を行う期間だという。本来であれば《世界の祝福》になるのだが、その波動が強いため《高魔力保持者》で、片翼が居ないと調整が上手くできず、体調を崩してしまうという。またこの期間は特に《片翼》にべったりするとか。
(べったりどころか、普段以上に距離を置かれている……)
「元々それが、自分たちにとって普通で、常識だって思っていても、相手はそうとは限らない。人族はそのことをよく理解して、客観視しつつ何ができるかを考える。だから強い。純粋な魔力や腕力ではなく知恵と共感能力がずば抜けている」
前世では人族は最弱種族と言われていたので、とても新鮮だ。ニコレッタさんの旦那さんは人族なので、人寄りの発言をしてくれる。この世界、西の森では大賢者であり、天狐族のルティ様がいるから秩序が保たれていれるという。
他種族が普通に暮らせるのも、上位種族の庇護があるからと言うのは不思議な感覚だった。少なくともブリジットの世界では、上位種族は神の代弁者、調停者として俯瞰しているだけで片方の種族が潰えるなど非常事態でなければ、天空都市から降りて来ることはない。
庇護として同じ土地に住み、力を貸して統治するのはブリジットの世界、あの時代ではあり得なかった。
(魔力量が多いと辛いって……ブリジットの時は気づかなかったな。会うのは夜だけで睦言は、今のルティ様のような浮いた言葉を──)
そう思って、ふと疑問が浮上した。
教材に書かれた天竜狐族の習性、溺愛っぷりが噛み合わない。
傲慢で不遜だったこともあるが、意図的にブリジットとヴィクトルを引き剥がそうとした人物に心当たりがある。けれど前提として、ヴィクトルはブリジットに興味がないと思っていた。
(その前提が違ったら?)
それが違ったら、ブリジットの復讐対象者にヴィクトルは入るのか。それとも夫の癖に名ばかりで、妻を守れなかったからと報復対象にするか。
私はそれにも答えを出さないといけない。ずるずる先延ばしにしても、余計に辛くなるだけだから。
(ルティ様の体調が良くなったら話をしよう)
***
その日の夕方になっても、ルティ様が部屋から出て来ることはなかった。トイレやお風呂も部屋完備しているので、起きているか、寝ているかわからない。
(でも何も食べてない気がする! 天竜狐族は人族とは違うので、一日食べなくても良いかもしれないけど……心配だし!)
何か食べやすい料理を作れないか。自炊はできるので、お粥的な消化に良いものを作ろう。そう勢いで調理場に向かったのだが、六歳の姿では、手が届かない場所に色んなものがある。
(まさかの障害! いやまあ、この年齢ならそうだけれど!)
六歳の姿は、ルティ様と一緒に生活する上で都合が良かった。もっとも幼すぎるので、仕事や家事や外出などできないこともあったが、この世界のことをまだよく分かっていなかったので、都合が良かったのだ。《《今までは》》。
(でもこう言う時、何もできないって……悔しいわね)
体調不調で弱っているルティ様のために、何かしてあげたい。
相手は《片翼》を望む復讐相手と同じ人種。人族を道具として見ている。そう思っていた。
いずれ絶望させて傷つける。そう誓ったけれど、ルティ様は私のことになると簡単に泣くし、絶望するし、凹んで見ていられない。
そう見ていられないのだ。なんだか腹立たしいのだけれど、ルティ様は私に優しくしてくれた。
偽善、贖罪、同情、倫理的、道徳的……《片翼》と言う色んな名目があったとしても、実際に優しくしてくれて、私のことをちゃんと見て、話を聞いてくれる。抱きしめてくれる温もりは心地よくて、好きだ。
(そう……好きなんだ。ルティ様のこと)