こうして、晴康《はるやす》が、屋敷に乗り込んで来ているという事は、裏が取れているのだろう。
「まあまあ、上野様。そう、眉間にシワを寄せなくても、せっかくの、眉目秀麗なお顔立ちが台無しですよ?」
「それは、男子《おのこ》への誉め言葉でございましょうに!」
「あれ?上野様、男子ではなかったのですか?」
「なっ!」
スッと目を細めた晴康は、やおら上野の眉間に指を添えた。その瞬間、上野は、軽い眩暈に襲われる。
「……あぁっ!……晴康殿……また、術を!」
「あれ?やっぱり、上野様には、効きが悪いなぁ。どうしてなのでしょうねぇ?」
「どうもこうも、ござりませんぞ!晴康殿よ!」
「はい、そのようで」
にたりと笑うと、晴康は、上野から、指を離した。
「こ、これは!何事ぞ!何故、ワシは、このような!髭モジャのような声と、しゃべり方なのじゃ!」
ひっと、上野は声を挙げ、袖で口元を覆った。
「上野様に、喋るなと言うのは酷ですからねぇ。いっそ、喋って頂こうかと思いまして」
「そ、それで、どうして、ワシは、このような……う、う、うあ!!」
何度、喋べろうが、上野の口から流れ出るのは、鍾馗《しょうき》の父親である、髭モジャ殿と呼ばれる下男の声だった。
「上野様?しぱらく、男になって頂きますよ」
ここで声を挙げれば、また、髭モジャのものが流れてしまう。上野は、自分の声が、様変わりするのに耐えられなくて、晴康に、コクコクと頷いた。
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