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1章:放課後の微笑み
午後の教室は、いつもより少しだけ明るかった。窓の外から射し込む光が、机や椅子を優しく照らしている。俺、**紫苑(しおん)**は、そんな陽射しの中でノートに向かっていた。鉛筆の先で文字を追う手は、無意識に少し震えていた。俺はもともと大人しい性格で、人と距離を置きがちだった。だけど、友達と話す時間は大切にしたい――そんな思いを抱えながら過ごしていた。
「紫苑、今日もぼーっとしてるな!」
後ろから声がかかる。振り向くと、**美月(みつき)**が笑いながら手を振っていた。小柄で活発、クラスのムードメーカー的存在だ。表向きは明るく、誰とでもすぐに打ち解ける性格だが、実は家族との関係に悩んでおり、夜は孤独を抱えている。俺はそんな美月の微かな影を、なんとなく感じ取れるのだった。
「おう……少し考え事してただけ」
俺はそう答えて、ノートの端を叩いた。美月はにっこり笑って席に戻る。けれど、その笑顔がどこか儚く見えたのは、気のせいではない。
教室の隅に座る親友、**大樹(たいじゅ)**も無表情でノートに向かっている。大樹は背が高く、落ち着いた雰囲気で、クラスでは頼れる存在だ。普段は冗談も言うが、核心に触れた話になると口数が少なくなる。俺はそんな大樹に何度も助けられてきた。けれど、今日は一言も口を開かない。胸の奥がざわつく。
もう一人、クラスの中心にいるのが**優輝(ゆうき)**だ。笑顔が爽やかでスポーツ万能、誰にでも好かれる人気者だ。誰もが羨む明るい存在に見えるが、実は自分を抑え込みすぎて、心の不安を他人に見せられない性格だ。俺は時々、そんな優輝を気にかけていた。
放課後、俺たちはいつもの屋上に集まった。風が心地よく吹き、太陽の光が校庭を照らしている。笑い声が飛び交い、ふざけ合う友人たち。まるで何の問題もない、平和な光景だ。
「なあ、今度の文化祭、クラスで何やる?」
美月が笑顔で問いかける。俺も大樹も、軽く肩を叩き合いながら案を出す。小さな笑いが屋上の空気に広がった。
その瞬間、俺は一瞬、心が軽くなった気がした――まるで昨日までの不安が嘘のように。
でも、その日の帰り道、違和感に気付く。教室の空席に目をやると、昨日まで座っていた優輝の席が空っぽだった。最初は「忘れ物かな」と思った。しかし昼休みに耳に入った噂に、俺は足を止めた。
「優輝、帰宅途中に事故に遭ったらしい」
その言葉が頭を殴ったように響く。昨日まで笑っていた奴が、もうそこにはいない。俺はしばらく立ち尽くし、ただ空席を見つめるしかなかった。
家に帰っても、胸の重さは消えない。テレビから流れるニュースに優輝の名前が出るたび、現実感がないまま俺は画面を見つめた。事故の詳細は語られない。ただ映る家族の顔――悲痛で、絶望的で、何もできない俺の心を締め付ける。
翌日、教室は昨日よりも静かだった。誰もが俯き、口を閉ざす。笑い声は消え、空席の存在だけが現実を告げる。放課後、窓の外でふと人影を見た。誰もいないはずの場所に、背の高い影。振り返っても誰もいない。胸の奥がひやりとした。
そして夜、夢を見た。教室で消えた友達たちが、無言で手を伸ばしてくる。触れようとすると消える。目が覚めると、汗で全身が冷たく濡れていた。
日常の光景はまだ残っている。笑い声も、陽射しも。だけど、それは幻想でしかない。背後から忍び寄る影、消えていく仲間。俺はそれを、どうすることもできない――そんな気持ちで布団に沈み込んだ。