作者の趣味で小ネタを仕込んでみました、暇だったら考察してみてください。
どちらかというと平和です。幸せ者と自殺志願者の対比をお楽しみくださいませ。
「ネモフィラの花冠」(過激なし・親子設定🇬🇱🇩🇰・🇬🇱視点)
貸してもらった本を数分前に読み終わってしまったせいですっかり手持ち無沙汰になった僕は、作業に没頭する本の持ち主の背中を眺めていた。
こどもみたいだ、この人は。自分の父親ともあろう存在に、そんなことを思う。
体格も身長も僕よりずうっと小さいし、この人が描く物語はどこかふわっとしている(それが童話というものなのかもしれないが)し。それに何より、今彼は目を輝かせながらブロック状のおもちゃでお城を造っている。ブロックをはめ込む音が、静かな部屋にかち、ぱちんと響いた。
それは制作途中でありながら、僕がぱっと見ればお城だと理解できるくらいには完成度が高い。白の城壁はレンガ製なのかところどころに薄いグレーが混ぜられているし、屋根の青も水色や青紫が散見される。他の人ならきっと白や青一色にしてしまうだろうに。ああ、シンプルな色合いながらも色鮮やかなその城は、きっとこの人が見る世界そのものなんだろうな。
僕は、僕の身長がこの人と同じかそれより低い頃から、それがものすごく羨ましかった。僕が生まれ育ったのは、白一色の大きな島。たまに温かい日があって、緑色の草と淡桃の小さな花がちらりと顔をのぞかせるだけ。他の国からすれば「いつも冬の世界」で、それはそれはつまらないのだ。
でもきっと、この人はそうは思わなかった。思わないでいることができた。だって、彼は僕に、「グリーンランド」という名前をくれたから。たまたま少し溶けた雪の下に隠れていた、ほんの少しの緑。それが僕の名前になったのだ。僕がすっかり嫌になってしまっていた白も、彼の目には白銀の砂に見えているんだろうな。そう思ったら、この人の幼稚さが羨ましくなって、僕の冷え切った思考が嫌になって…下瞼に生暖かい液体が溜まるのを感じた。
「…よし、できた!」
ぱちん。そう鳴ったのを最後に音が止まって、僕は考え事から引き戻された。椅子に座っている彼にゆっくり近寄れば、くるりと彼の顔がこちらに向いた。その表情はとても満足げで、今までの作業を心から楽しんでいたことを雄弁に語っていた。だめだ、この表情は綺麗すぎる。虹色の隣に、僕のねずみ色は似合わない。だから、もうその表情は見ないよう努めることにした。
「おい、見てみろグリーン、美しい城だろう!」
「うん。さっきから、ずっと見てたよ。…すごく、素敵。こんなお城に住めたら、お姫様も幸せだろうな」
そう、すごく素敵なんだ。あなたは、残酷なくらいに美しい瞳を持っている。だから、今もこうして…僕が発した「お姫様」という単語から、また一つ美しい世界を生み出せる。ああ、いいなあ。
「そうだったらいいな!きっとそのお姫様は、この屋根を水彩絵の具で薄めたような、透き通るような空色のドレスを着ていることだろう。城の庭には沢山のネモフィラが咲いていて、それで花冠を作ればまるでアクアマリンが飾られた純銀のティアラみたいに…って、どうした!?………もしかして、青が嫌いなのか…!?」
急に様子が変わった彼の姿に、僕は先程から増え続けていた塩っ辛い液体がとうとう瞼から溢れたことを悟った。きっと、この涙という忌まわしい液体は、生まれかけていた一つの絶景を洗い流してしまったのだ。
あなたの「青」は嫌いなんかじゃない。むしろ、見れるものなら見たい。あなたの隣で、空色のドレスも、咲き誇るネモフィラも!
「違う!!…父さんが見ている色は、ぜんぶ、全部好きだ。大好きだ!」
急に声を荒らげた僕に、彼は目を見開いた。驚かせてしまった、という自責の念で膝から力が抜けて、僕はその場に座り込んでしまった。父さんは優しいから、焦ったように椅子から降りて、僕の前に屈む。ぼろぼろ目から出る涙は、どう頑張っても止められそうになかった。
「でも、僕には、絶対に見られない。僕は綺麗じゃないから、あなたが見る幻想じゃないと、僕は美しい色を浮かべられない!あの島の一面の雪も、あそこの空を四六時中隠している雲も、僕には同じ色に見えてしまう。僕は、虹色の花畑には似合わない、汚くてつまらない奴なんだ、っ!?」
僕の身体に衝撃が走り、かと思えばぎゅうと縛られるような感覚がする。眼の前の彼に抱きつかれたのだと理解するのに、3秒はかかった気がする。こんなの、だめだ。どんなに鮮やかな絵の具でも、一度黒が混ざれば、もう戻らないのに。ひねくれた考えがもやもやと頭を支配していく。けれど、次に聞いた言葉で、それは追い払われていった。
「…なあ、やめろ、頼む。そんなことを言わないでくれ…」
その後僕の鼓膜を揺さぶったのは、縋るような、懇願するような、そんな悲痛な声だったのだ。
「――お前は、俺にとっての、一番の宝物なんだ。だから、綺麗じゃないなんて言うな!お前の柘榴石みたいな目も、俺より高くなった身長も、優しくて傷つきやすい心も、全部綺麗だ。」
彼の表情は、やっぱり笑顔だった。目にいっぱいしずくを溜めて、困ったように笑っていた。
「きっと俺もお前と同じ景色は見られない。だから、お前が自分を責める気持ちも、真にわかることはできないんだ。…それでも、これはわかる。すごく、苦しかっただろう。お前が俺の前でこんなに気持ちを露わにすることは、今までなかったからな。」
さっきとは打って変わって、僕の喉は音を紡がなくなってしまった。ただただ、彼の、デンマークの優しい声が心地よくて。でも、僕からも抱き返したら、今の僕ならきっと彼を潰してしまう。……だって、綺麗だ。綺麗なんだ。
彼だけは、デンマークだけは、僕の目でも、異様に鮮やかに見えたのだ。
「気付いてやれなくて、ごめん」
「ううん、謝らないで」
僕が笑って見せれば、デンマークは安心したように肩の力を抜いた。そして腕をほどいて、向かい合って座る。視界の端に、さっきのお城が入った。それを見ていたらひとつ、特に意味のない質問をしたくなった。
「…ねえ、父さん。僕達ふたりが住むお城があったなら、何色になると思う?」
「俺達が?…うーん、そうだな…やっぱり雪の白をメインに、屋根は旗の色の赤を使って…」
真剣そうな様子でそこまで言うと、彼は言葉を切る。そして僅かに頬を染め、へにゃりと笑い、続けた。
「花も木も、沢山植えて…そうしたら、いろんな緑が生まれる。いろんなお前が見られるだろうな」
ああ、その声の、表情の、言葉の、考え方の、愛おしいことといったら!気付けば僕は、力加減なんて忘れて、思いっきり彼を抱きしめていた。この感情がどういうものなのかはよくわからないが、確かにわかることがある。
それは、僕の父さんがどこの王子様より素敵な人ということだ。
(後にグリーンランドが自分が抱くものが「恋」だと気付きもだもだするのはまた別のお話。)
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