テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
第66話:村のおすそ分け、巨大カボチャ〜規格外の冬野菜と、神獣のクッキング〜
二月も中旬に差し掛かり、限界集落の雪深さはさらにその度合いを増していた。
だが、神獣シロの『適温25度の絶対防壁』に守られ、上空をシマエナガの戦術部隊が完璧に哨戒する我が家の平和は、大自然の猛威すらも完全に黙らせていた。
「いやぁ、今日も平和ですね、お兄さん。こたつで食べるアイスって、どうしてこんなに美味しいんでしょうか」
「ああ。外のマイナス気温というスパイスがあるからこそ、室内の堕落が極まるんだ。人間の欲望の行き着く先だな」
俺と小春ちゃんは、ジンバルに固定されたスマホのカメラの前で、完全に溶けきった顔でくつろいでいた。
同接250万人のリスナーたちも、画面越しに流れる究極の「何もしない時間」を、まるで環境映像(ASMR)のように楽しんでいる。
そんな、極上のダラダラタイムを満喫していた時だった。
「おーい! 兄ちゃん、いるかー!」
家の外から、野太い、しかしどこか聞き覚えのある大声が響いてきた。
「……ん? この声、村長か?」
俺はこたつから這い出し、シロがかつて切り拓いた『モーゼの道(絶対に雪が積もらない通路)』を通って玄関の扉を開けた。
そこには、村の長である豪快なお爺ちゃんが、軽トラの荷台の横で白い息を吐きながら立っていた。
「おう、兄ちゃん! いつも村の道を猫ちゃんが除雪してくれて助かってるからな! 今日はうちの畑で取れた『越冬カボチャ』のおすそ分けだ!」
「おすそ分けですか、ありがとうございます。冬のカボチャは甘みが増して美味しいですからね。……って」
俺は、軽トラの荷台を覗き込んで、完全に言葉を失った。
「そ、村長。これ……カボチャ、なんですよね……?」
俺が指差した先。
軽トラの荷台の半分を占拠するように鎮座していたのは、濃い緑色をした、直径1メートルはあろうかという『巨大な球体』だった。
「おうよ! 今年はなんだか知らんが、兄ちゃんの家の近くの畑だけ、作物がバカみたいにデカく育ってな! こいつは特大の80キロだ! ほれ、二人で運ぶぞ!」
「は、はちじゅっキロ……」
俺は慌てて居間の畳の上に、分厚いブルーシートとコンパネ(木の板)を敷き詰めた。その後、俺と村長は「せーのっ!」と掛け声を合わせ、腰の骨が砕けそうになりながら、なんとかその巨大カボチャを運び込んだ。
ドンッ!!
板の上にカボチャを置いた瞬間、家全体がズシンと揺れた。
居間で待っていた小春ちゃんが、目を真ん丸にして悲鳴を上げる。
「えええええええ!? なんですかこれ!! 岩!? 緑色の岩ですか!?」
「いや、カボチャらしい。北海道の大地の恵み(物理)だ」
俺が息を切らしながら答えると、配信のチャット欄も完全にフリーズした後、狂乱の渦へと突入した。
『はあああああああああ!?!?』
『デカすぎだろwwwww』
『シンデレラの馬車でも作る気かよww』
『80キロって、俺の体重より重いんだが!?』
『主の家の近く(絶対シロ様のオーラのせい)』
『放射線じゃなくて神聖力で巨大化する野菜ww』
『もはやモンスター(討伐対象)だろこれ』
「いやはや、兄ちゃんちの猫ちゃんのおかげで、村も活気付いてるわ! じゃあな、美味く食ってくれや!」
豪快に笑いながら嵐のように去っていく村長を見送り、俺たちは居間の中心に鎮座する『カボチャの王』と対峙した。
「……お兄さん。これ、どうやって食べるんですか? 包丁なんて絶対に入りませんよ」
小春ちゃんの言う通りだ。
カボチャの皮はただでさえ硬い。それがこのサイズとなれば、もはや装甲板である。
「フッ……小春ちゃん、元需品科(ロジスティクス)の兵站管理能力を舐めるな。食材の解体も立派な任務だ。俺の隠し武器を見せてやる」
俺は納屋に行き、キャンプ用の『大型の薪割り鉈(なた)』と、ノコギリを持ち出してきた。
「さあ、オペレーション・パンプキン・スマッシュを開始する。まずは鉈で真っ二つに……」
いくら板を敷いているとはいえ、居間で鉈をフルスイングしようとする俺の狂行。それを小春ちゃんが止めようと息を呑んだ、まさにその時だった。
『ミャウ』
こたつで液状化していたシロが、俺の足元をすり抜け、巨大カボチャの前にトコトコと歩み出た。
そして、その巨大な緑の岩壁を見上げると、ふんと鼻を鳴らし。
右の純白の前足を、軽くシャッ、と空中で振ったのだ。
「……えっ?」
――シュバッ!
空気を切り裂くような、鋭い、しかしどこか神聖な音が鳴った。
次の瞬間。
ズゴゴゴゴォォォォォ……ッ!!!
「うおっ!?」
「きゃああっ!?」
80キロの巨大カボチャが、一切の音もなく、まるで手品のように『パカンッ』と綺麗に八等分に割れたのだ。
いや、割れただけではない。
シロがもう一度、今度は両手で猫パンチを繰り出すように『シャシャシャッ!』と空を切ると。
八等分にされた巨大カボチャが、空中で幾筋もの真珠色の光の軌跡に包まれた。
カチャカチャカチャッ! と、ルービックキューブが揃うような心地よい音が連続して響く。
光が収まった後、ブルーシートの上に残されていたのは。
「………………は?」
俺の口から、今日一番の間抜けな声が漏れた。
巨大だったカボチャは、皮が完璧に削ぎ落とされ、すべての果肉が一辺ちょうど3センチの『完璧なサイコロ状(ダイス・カット)』に切り揃えられ、美しいピラミッド型に積み上げられていた。
さらに、その横には、取り除かれた種とワタが、別の山として綺麗に分別されている。
「お、お兄さん……。カボチャが……一瞬で、お鍋に入れるだけの状態に……」
小春ちゃんが、腰を抜かして畳にへたり込んでいる。
配信のチャット欄は、もはや言葉にならない絶叫で埋め尽くされていた。
『ああああああああああああ!?!?』
『斬鉄剣!? シロ様、斬鉄剣使った!?』
『真空波で野菜をカットしやがったwwwww』
『しかも3センチ角に完璧に切り揃えられてるんだがww』
『種とワタまで自動分離www どんな神業だよ!!』
『超高出力レーザーカッター(肉球)』
『神獣のクッキング、物理法則を置き去りにする』
『(ミシュラン三ツ星シェフからの$500MeTubeギフト)=”Master! That cat’s knife skills are superior to mine! I surrender!“(主よ! その猫の包丁さばきは私を超えている! 降伏する!)』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”The ultimate chef! Prepare a banquet!“(究極のシェフだ! 宴の準備をしろ!)』
世界中が奇跡のクッキング技術に熱狂する中。
シロは「これくらい当然よ」とでも言いたげに、自分の右前足をペロペロと舐めて手入れをしている。
俺は、プルプルと震える手で鉈を床に置き、大きく深呼吸をしてから、カメラに向かって振り返った。
「……皆さま、落ち着いてください。これは決して、魔法の真空波などではありません」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・クッキング編ww』
『さあ、今回はどうやって現実逃避する気だww』
『ダイスカットの言い訳聞かせてもらうぞww』
俺は、完璧なポーカーフェイス(元社畜の極意)を維持したまま、静かに言い放った。
「北海道の極寒で育った越冬カボチャは、内部に極度の張力(テンション)を蓄えています。シロの爪が表面にわずかな傷(クラック)を入れた瞬間、その張力が一気に解放され、カボチャ自身の食物繊維の目に沿って自己崩壊を起こしたのです。ええ、強化ガラスが割れるのと同じ原理、ただの『応力割れ』ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、ダイスカットされたカボチャを指差しながら絶叫した。
「応力割れで、なんで一辺3センチの完璧なサイコロ状に切り揃えられるんですか!! しかも皮と種まで綺麗に分別されてるじゃないですか!! どう見てもシロちゃんが魔法の力で調理してくれたんでしょうが!!」
『小春ちゃんのキレキレのツッコミ助かるww』
『自己崩壊(完璧なダイスカット)』
『食物繊維の目(一辺3センチ)』
『適応力バグおじさん、ついに材料力学にまで喧嘩を売る』
『強化ガラスの原理で料理すなww』
俺の苦し紛れすぎる現実逃避と、小春ちゃんの鋭いツッコミに、250万人の視聴者たちは腹を抱えて笑い転げている。
『コンッ?』
『キュゥ!』
騒ぎを聞きつけたキツネの兄弟が、綺麗に切り揃えられたカボチャの山に鼻を近づけ、美味しそうに尻尾を振っている。
「……まぁ、理由はどうあれ。これで切る手間が省けたな。小春ちゃん、今日はこのカボチャで、世界一美味いほうとう鍋を作ろう。残りはジップロックに小分けにして、冷凍庫を限界まで活用する『兵站(へいたん)任務』の開始だ」
「もう……お兄さんの言い訳には付き合いきれませんけど、お鍋は賛成です!」
小春ちゃんも笑いながら、キッチンへと向かっていった。
外は相変わらずの極寒の雪景色だが、この限界集落の古民家には、神獣がもたらす規格外の奇跡と、世界中のリスナーたちとの温かい笑いが溢れている。
村長のおすそ分けから始まった冬の宴は、今日もバグった日常と共に、最高に美味しく、そして平和に煮込まれていくのだった。
コメント
1件
わあ、読み終わりました!シロ様の神業調理、めちゃくちゃ笑いました😂「応力割れで一辺3センチの完璧なサイコロ状」って、もう理屈こねるお兄さんの必死さが愛おしいです。小春ちゃんのツッコミも冴えてるし、チャット欄で盛り上がる温度感も楽しいですね。巨大カボチャを前にした日常が、シロの一振りで一瞬で料理になるギャップ、最高でした。素敵なおすそ分けエピソード、ありがとうございます🫶