筋肉が適度についた胸板の感触と、ミント系の仄かな香りに男の艶を感じると、奈美の胸の奥が締めつけられ、鼓動がドクンと大きく打たれた。
彼は、彼女の身体を抱きしめたまま、海を見つめている。
海水浴場から大分離れたところまで歩いてきたせいか、海岸は人も少ない。
「ただ、景色と風を感じながら過ごす時間っていうのも、いいモンだな」
「はい。私も…………そう思います」
寄せては返す波の音を聞きながら、豪は奈美を腕の中に包み込んだまま、無言で砂浜に佇んでいた。
「奈美ちゃんは…………」
先ほどから続いている沈黙を破るように、豪が口を開いた。
「奈美ちゃんは、元彼と別れた後…………彼が欲しいと思った事はあるのか?」
唐突な質問に、奈美は何と答えていいのか分からない。
彼が欲しいと、切実に思った事はなかったけど、今は違う。
豪に恋心を寄せている奈美は、彼が恋人になったら、どんなに世界が色鮮やかになるだろう、と想像した。
好きな人と、ただ海辺を散歩しているだけでも、こんなに気持ちが昂っている。
「そうですね……」
奈美は水平線へ眼差し向け、言葉を選びながら、恋心を隠そうと慎重になった。
「豪さんの答えになっているか分からないけど、彼氏が欲しいってアホみたいに思っている時って、なかなか出会えないじゃないですか。逆に、彼氏なんて別にいいやって思ってる時に、彼になる人に出会えるような気がします」
彼女の答えに、豪がプッと吹き出し、目を細める。
「アホみたいって、何だよそれ」
「え? 私、変な事言いました? っていうか、アホみたいに、って普通に言いません?」
「言わないし」
気の抜けたような会話に、奈美と豪は笑みを見せ合った。
「なので、私は、あまり欲深くならないで、自然に出会えたらいいな、と思ってます」
美しい形の唇に、またも彼の色香を感じてしまう。
「でも…………」
奈美は笑顔をおさめ、大きくため息をついた後、含みを持たせながら先の言葉を繋げた。
「次に彼になった人は…………私が好き過ぎて……嵌ってしまうような気がします。自分が怖くなるくらいに……ドロドロに堕ちて……」
自分で言ってて恥ずかしくなった奈美は、実に滑稽だな、と思う。
「…………そうか」
豪は、微かに笑みを浮かべた後、切なくなる面差しで、ひと言呟いただけだった。
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