「まあ!岩崎様!」
「御母上様、ご歓談中、おじゃましまして……」
月子親子が、楽しげに寄り添っている姿を見てか、岩崎は少し遠慮がちに言った。
「岩崎様!本日は、お招きありがとうございます。本当に立派な演奏会で……」
母は、言葉に詰まっている。
久方ぶりの外出ということもあるだろうが、言葉通り学生達の演奏は見事なもので、母だけではなく、会場に集まっている観客も、サクラだからという事を超え、心から喜んでいた。
「いや、そう言って頂くと、学生達の励みにもなります」
岩崎は、再び照れくさそうにした。
「あら、私ったら!月子!母さんのことはいいから……」
岩崎は月子に会いに来たのではないのかと、母に示唆され、月子はたちまち、モジモジする。
確かにそうなのかもしれないが、母に言われると正直照れた。
妙に意識し会う岩崎と月子に、梅子が一言……。
「あら?京介様どうしてこちらへ?やっぱり、月子様の事が気になるんですか?大丈夫ですよ?月子様も十分楽しんでおられます」
「いや、梅子、そうではなく、い、いや、その、月子!そうではなくというのは、そうではなくて!だからっ!お咲だっ!」
梅子の一撃に、岩崎は、しどろもどろになっている。
「え?お咲?」
月子ではないのか、どういうことだと、梅子はきょとんとした。
そして、お咲も呼ばれ、何事だろと振り返る。
「あっ、いや、幕間が迫っているからな、お咲を連れに来たんだ」
「あー!そうだ。ほんとだ!お咲!出番だよ!男爵家の面子というものも考えないといけないよ。しっかりやるんだよ!」
演目表を確かめた梅子は、お咲を激励した。
「は、はい!」
梅子の激励の意味を分かっているようで、お咲は顔をキリリと引き締めている。
「はいよー!お待ちどう!ちょっと早いけど、お持ちしましたよっ!幕間に食べてくださいよっと!」
軽快な声がして、重箱を持った二代目か現れた。
「京さん!楽屋にも弁当配ったから、京さんも食べに戻りなよ!」
「じゃあ、田口屋さんは?ここで、一緒にどうですか?」
梅子がニタリと笑い二代目を誘うが……。
「あー!梅子!すまねぇなっ!俺、外の学生さんと交代するんだ。ってことで、おさらばっ!」
片手をあげ、二代目は、バタバタと桟敷席から出ていった。
「もう!一緒になるって言ったくせに!お弁当ぐらい食べたっていいでしょう?!逃げることないのにいっ!」
不機嫌そうに梅子が言っているが、月子は、ふと岩崎を見た。
外の学生と交代ということは……。
劇場にやって来た時、中村と出会った事を思い出す。
もしかして、不参加の学生は、結局来ておらず、それを待っているのだろうか?
確か、梅子に見せてもらった演目は、最後、いわゆるトリに、玲子の名前が記されていた。
来ていないのなら、どうするのだろう。
「お咲、行くぞ。弁当は、唄ってからゆっくり食べるといい」
岩崎の言い分にお咲は、こくんと頷いた。
「月子、心配しなくていい。なんとかなる……」
どこか含みのある言葉を残し、岩崎は、月子の母へ会釈をすると、お咲の手を引いて立ち去った。
やはり、玲子は来ていない。
そう感じとった月子だが、なんとかなると言われても、演奏者が居らずして、どう、なんとかなるというのだろ。
岩崎に考えがあるのだろうか……。
月子は、一抹の不安を覚えながら、岩崎とお咲を見送った。