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チョンと拍子木が鳴り、舞台には幕が、さあっと引かれた。


一幕目──、午前の部とも言える第一部が終了したのだ。


それと共に、売り子とお茶汲みが升席をまわり始め、菓子や亀屋が用意した握り飯弁当を売り始める。


家族連れは、持参した弁当を開き、子供にとラムネやせんべいを買い始めた。


すると、軽やかな売り子の声を遮るように、幕の裏から、バン!とピアノの和音が鳴り響く。


観客は、ざわつきながら舞台を見ると、一斉に演目表に目を通した。


ああ、幕間に余興として、男爵夫人が唄うのだったと、皆、再び舞台へ注目する。


小気味良いピアノの音が流れている。


やけに本格的な曲に、一体、余興とは、そもそも、男爵夫人がなぜ唄うのだろうかと、観客の好奇心は高まっていた。


と──。


舞台のすそから、男性の伸びやかな外国語の唄声が流れてくる。


その大きな声は、劇場にわんわんと響き渡った。


おおらかで、そして、堂々とした唄声と共に岩崎が登場する。


幕の裏からは、岩崎の唄に合わせピアノの軽快な音が流れ続けて、その唄声を支えている。


男爵夫人ではなく、タキシードでビシリと決めた岩崎の登場に、演劇場は湧いた。


「京さーん!!」


「このぉ、色男っ!!」


観客はサクラ。ほとんどが岩崎の顔見知りだ。


やんややんやと、掛け声か飛んでいる。


唄いながら岩崎は、見知ったご近所のおかみさんの声援に、仕方なく頭を下げた。


それほど、盛大なものだったのだ。


正直困惑している岩崎だったが、そこへ、助け船が現れる。


「あーああーーあーー!」


劇場の入り口周囲から、高音が流れて来た。


さっと、ほのかな光が差し込める。


花道に男爵夫人、芳子が現れ、灯りに照らされていた。


光の中で、朗らかに笑みながら、高音を発する芳子の登場に、場はどよめく。


「月子、凄いね……」


月子の母も、桟敷席まで響き渡ってくる岩崎と芳子の声に驚いていた。


練習の場などで何度か二人の唄を聞いていたが、本番となると迫力がまるで違っている。


驚いているのは、当然、月子親子だけではない。観客も、目を輝かせ、二人の合唱に聞き入って、というより、芳子の装い、ドレスに釘付けになっていた。


皆、本物のドレスなど見たことがない。芳子のドレスは、肩を出し、胸元にリボンと造花が飾られ、裾はこれでもかとひろがっているもの。それに、長手袋を合わせ、芳子は、観客に手までふっていた。


岩崎の番は終ったようで、芳子の番になっている。


完全に、皆の視線を引き付けた芳子は、どこか満足そうに、勢い良く歌っている。


「あら?後ろにいるのは……」


「あっ、母さん、お咲ちゃんだよね?!」


花道を進む芳子の後ろに、ドレスの裾を持つお咲がいた。


「あれだけ、広がっている洋装だものねぇ。芳子様も歩くのは難しいでしょうねぇ」


月子の母が呟いた。


月子は、ドレスを着て転びそうになったことを思い出す。確かに、裾を持ち上げてもらえれば、歩きやすいだろう。


しかも、芳子は、唄いながらなのだ。


そして、芳子が花道を歩みきり、舞台に近づくと、岩崎が芝居がかった態度で手を差しのべた。


二人は、手を取合い、見つめ会うように、寄り添った。


ここからだ。月子は、ギュッと手を握る。


これから二人の合唱に移り、高音が続いたはずだ。


ピアノが二人の見せ場を促すように流れている。


「らーらららー!」


小さい高音が流れた。


岩崎、芳子の後ろに立っているお咲だった。


堪らなくなったのか、お咲も、合唱の後を追う。


たちまち、舞台は賑やかになり、それに反応するよう、観客から拍手喝采、大きな掛け声の嵐が巻き起こり、唄声がかけ消されそうになる。


この状態に、芳子が意地になり声を張り上げた。


いきなり響いた高音に、観客は、更に盛り上がる。


「月子、凄いわねぇ。芳子様って、やっぱり、男爵夫人なのねぇ。堂々とされているわ。それに、岩崎様も、とても凛々しいねぇ」


月子の母は、身を乗り出しつつ、岩崎と芳子の唄声に聞き惚れている。


月子は、そんな夢中になっている母の様子を微笑ましく思い、同時に、舞台でその存在感を発揮している岩崎を誇りに思った。


舞台からは、男女の息の合った唄声がしっかり流れてくる。


演劇場は、岩崎と芳子の合唱の虜になっていた。


もちろん、月子もその一人で、立派に唄い上げる岩崎の姿に見惚れている。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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