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第八章 闇が還る月夜
第二話 静かに崩れても
食事を終えた頃には、窓から差し込む光はすでに昼に近い強さになっていた。
アクセルが紅茶のカップを静かに置く。
「……少し、場所を移そうか」
黄金の瞳が、四人を見回した。
「中庭なら落ち着いて話せる」
誰も異論はなかった。
城の廊下を抜け、五人は中庭へ出る。
朝露の残る芝生。
白い石畳。
風に揺れる木々。
中央では小さな噴水が静かな音を立てていた。
空気は澄んでいて、昨夜の騒乱が嘘のようだった。
「うわ……めっちゃ気持ちええな」
ラスタが大きく伸びをする。
サフィアンも空を見上げた。
「帝国って何もかも大きいんだな……。
迷子になりそう」
「お前ならなるやろ」
「うるさい!」
また小競り合いを始める二人を見て、アクセルが小さく笑う。
けれどその笑みはすぐに消え、静かに表情を引き締めた。
「……昨日のことだ」
空気が変わる。
ジオの肩が、ぴくりと揺れた。
アクセルは言葉を選びながら続ける。
その声には、逃げ場を塞ぐような静けさがあった。
「色々、聞いてもいいか?」
問い詰める響きではない。
けれど、曖昧に流すことも許さない声音。
ジオは少し俯いた。
黒髪が揺れる。
不安が、じわりと胸に広がる。
それでも。
「……うん」
小さく頷いた。
サフィアンが無意識に、ジオの隣へ半歩寄る。
それを見たアクセルは、一瞬だけ目を細めた。
「まず確認したい」
「昨日、ジオが使っていた力だ」
静かな声。
「治癒魔法。瘴気の吸収。そしてあの異常な闇」
風が中庭を抜けていく。
ジオは目を伏せたまま、指先を小さく握った。
クロードが静かに続ける。
「お前自身、その力をどこまで理解している」
ジオはしばらく黙っていた。
やがて
「……わからない」
小さな声。
「気付いた時には、魔物の瘴気が見えてた」
「二年前、ラディスで魔物に遭った時……初めてそれを吸い込んだ」
「ヒール…治癒魔法も、最近になって使えるようになった」
ラスタが真顔で聞いている。
アクセルは静かに尋ねた。
「黒髪黒眼については?」
ジオの身体が僅かに強張る。
「……俺は、赤ん坊の頃に森で拾われたんだ」
「……子供の頃からずっと、不吉だって言われてた」
「近付くと魔物が増えるって……」
「だから、街を出た」
サフィアンが眉を寄せる。
「それって、ただの迷信だろ?」
その言葉に、一瞬沈黙が落ちた。
ジオは苦しそうに唇を噛む。
そして。
「……違う」
小さな声だった。
「実際、俺の近くでは魔物が増える」
「瘴気も集まる」
「昨日みたいに、抑えられなくなる時もある」
サフィアンが言葉を失う。
それは、否定することができない事実だった。
ジオは震える指を握りしめた。
「だから俺、多分……」
言葉が途切れる。
けれど逃げることはしなかった。
ゆっくり顔を上げる。
大きな黒い瞳が揺れていた。
「……月蝕の子、なんだと思う」
その瞬間。
空気が止まった。
「……は?」
サフィアンが眉を寄せる。
「月蝕の……子?」
「……教会の連中とかも、言ってたやつだよな……?」
ラスタが目を瞬く。
「え、それ、サフィアン知らんかったん?」
「オレ知らないよ!!」
思わず声が大きくなる。
「何だよそれ!?」
クロードが静かに目を伏せた。
気まずい沈黙。
ジオは深く俯き
「……ごめん」
ギュッと目を瞑る。
ーーサフィアンに知られてしまった。
旅の途中、何度も、何度も想像して恐れていたことが。
「いや待てよ!?なんで謝るんだよ!?」
サフィアンが混乱したまま周囲を見る。
「え、オレだけ知らないの!?」
アクセルが深く息を吐いた。
そして静かに口を開く。
「月蝕の子は、古い伝承に残る存在だ」
「世界に溢れた闇を、その身で受け止める器」
サフィアンの表情が固まっていく。
アクセルは続ける。
「闇や瘴気、負の感情を引き寄せる」
「その影響で、周囲には魔物が集まりやすくなる」
「だが本来は、世界の均衡を保つために必要な存在だ」
静かな説明。
けれどサフィアンの頭には、すぐには入ってこなかった。
“世界の均衡”
“器”
“闇”
そのどれよりも先に浮かぶのは、昨日の光景だった。
黒い瘴気。
暴れる影。
苦しそうなジオ。
そして、今にも壊れそうだった姿。
「……じゃあ」
掠れた声が漏れる。
「ジオは、その……」
言葉にならない。
アクセルは僅かに目を伏せた。
「世間では、厄災と呼ばれている」
「そう扱われている存在だ」
サフィアンの呼吸が止まる。
胸の奥で、何かがゆっくりと崩れていく音がした。
幼い頃から一緒にいた。
笑って、喧嘩して、ふざけて。
ずっと隣にいた。
気付けば、誰よりも大切な存在になっていた。
そして誰よりも自分が、ジオのことを理解しているって思っていた。
それなのに今、知らない言葉でジオが形を変えていく。
目の前のジオは、俺の知っているジオじゃない。
サフィアンは、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
「……サフィアン」
静かな声だった。
俯いたまま動けなくなっていたサフィアンへ、アクセルがゆっくり口を開く。
「勘違いするな」
風が、アクセルの金色の髪を揺らした。
「俺達も、全てを知っているわけじゃない」
黄金の瞳は、真っ直ぐ前を向いている。
「禁書を読んだ。記録も調べた」
「だが、分からないことの方が多い」
静かな声。
けれど、そこには確かな熱があった。
「ジオが何者なのか」
「なぜ治癒魔法を使えるのか」
「何故、伝承と違うのか」
「そして、どうすれば救えるのか」
アクセルはゆっくり、ジオとサフィアンを見る。
「だから……一緒に見つけたいんだ」
朝の風が吹き抜ける。
「世界を、そしてジオを救う方法を」
その言葉に。
クロードが静かに顔を上げた。
銀の瞳が、真っ直ぐ二人を見つめる。
冷静な彼らしく、表情は大きく変わらない。
けれどその視線には、強い意志が宿っていた。
ラスタも、いつもの軽い笑顔ではなく、真剣な顔で深く頷く。
「……せやな。ここまで関わったんや」
「今さら放っとけるわけないやろ」
静かな声だった。
サフィアンはゆっくり顔を上げる。
青い瞳が揺れている。
今にも涙が零れそうだった。
「オレは……」
掠れた声。
喉が痛い。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
それでも
「ただ、ジオを守りたい……」
震える声が、中庭へ落ちる。
「ずっと、そばにいたい……。それだけなんだ……」
ジオがはっと息を呑む。
サフィアンは震える拳を握り締めた。
「月蝕の子とか、厄災とか……そんなもの、関係ない」
声が震える。
それでも、真っ直ぐだった。
「オレは、ジオを守りたい」
その言葉を聞いた瞬間、ジオの黒い瞳が、大きく揺れた。
まるで、ずっと張り詰めていたものが、壊れてしまいそうな顔。
気付けば、涙が溢れていた。
朝日を受けて光る雫が、静かに頬を伝う。
それを拭うこともせず、ジオはサフィアンを見つめていた。
ーーどうして。
胸の奥が、痛いほど熱い。
自分は危険なのに。
いつか壊れるかもしれないのに。
いずれ消えてしまうのに。
どうして、そんな風に言えるんだろう。
どうして、何も変わらず、同じでいられるんだろう。
理解できない。
でも、嬉しかった。すごく。
怖いくらいに。
そんな二人を見つめながら。
アクセルは静かに目を細めた。
日の光が、黄金の瞳へ映り込む。
ふと、あの幽閉棟の孤独な少女の姿が脳裏を過る。
アクセルは、静かに拳を握った。
必ず……必ず見つける。
世界を壊さず。
誰も失わず。
ジオを救う道を。
その決意だけが、黄金の瞳の奥で静かに燃えていた。
#創作
桜城
198
ばたっちゅ
20,117
コメント
1件
うわああああこの回エモすぎる……!!😭💕 ジオが「月蝕の子」って自分の正体をサフィアンに話すところ、震えながら覚悟決めてる感じが切なくて胸が苦しくなったよ…。でもサフィアンが「関係ない」「守りたい」って言い切った瞬間、涙腺崩壊した!!アクセルも「一緒に見つけたい」って優しくて強いし、クロードとラスタのあったかい眼差しにもグッときた…。もうみんなでジオを救ってあげてほしい…!!次の話も楽しみにしてるよ〜🌸✨