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展開早いです。すみません。
あの日以降も、彼は一ヶ月に一、二回ぐらいの頻度で来てくれた。
家事をしているところに急に現れるんだから、いつもびっくりしてしまう。
彼が来ると、その日任されていた家事を全て急いで終わらせ、あの小屋に行った。
あの小屋に行っても、私たちはあまり喋らない。床に座って、ただ静かに本を呼んでいるだけ。
それでも彼はいいらしかった。これといった会話は特にせず、一時間ほどすると彼は帰って行く。
そして私も屋敷に戻り、その翌日からもいつも通り家事をする日々。それの繰り返しだった。
事件が起こったのは、彼が来てくれるようになってから半年経った頃。
夫妻に呼び出しをされたのだ。
廊下を歩きながら、何故されたのだろうと考える。
特に心当たりは無いが……、もしかして、彼が来ていることがバレた?
いや、そんなことは無いはず。誰も見ていない隙にこっそり行ったから。
じゃあなんだろう。それくらいしか思いつかないのだが。
と、考えているうちに夫妻の部屋の前に着いた。
扉を三回ノックして、「入れ」と言われると、私は「失礼します」と言いながら入った。
するとそこには、使用人が全員おり、真ん中には腕を組み立っている夫人とダリアと、椅子に優雅に足を組んで座っている伯爵がいた。
伯爵家の人間全員がいることに驚く。
「座れ」
伯爵にそう促され、私は床に座った。
「さて、話なんだがな。数日前、私と妻は、領地内の森にある小屋に行った。残していても仕方ないし、そろそろ取り壊そうと思ってな。中は変わっていなかった。だが、一つだけ変わっているものがあった。砂時計だ。私の祖母の形見の砂時計が割れていた。」
伯爵は一通り喋り終えると、私を見据えた。
なるほど。そしてその砂時計を割ったのが私ではないかと疑っているわけだ。
確かに小屋に立ち入ったが、砂時計は割ってない。
「……私ではありません」
かすれた声が出た。
「嘘おっしゃい。あの森からお前が出ているところを見たという者もいるのよ」
ダリアが口を開いた。
そんな、見られていたなんて……。でも、良かった。屋敷に戻るときはいつも私ひとりで帰っているから、彼の姿を見られた訳では無さそうだ。
すると、クスクスと嘲笑う声が聞こえた。
……侍女の声だ。……もしかして、私が森から出るところを見た侍女が、砂時計を割って……。
私は首を横に振った。
「それでも私じゃありません」
声が少し震えた。
「お前、あたくしたちに逆らう気?虫けらの癖に。そう言えば、お前最近どこか気分良さそうにしてたわね。それも不愉快なのよ」
夫人が声を低くして機嫌悪そうに言った。
この場にいる全員が、私を睨んでいた。
「ねえ、お父様。この際、この者を殺してしまいましょう?」
ダリアがニヤリと笑い、伯爵に囁いた。
伯爵はため息をつき、こくこくと頷く。
「ああ、そうしよう。執事、ナイフを」
伯爵は椅子から立ち、ナイフを受け取る。
私は使用人たちに取り押さえられた。
身動きができない。
……嫌だ。まだ死にたくない。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
やめて……。
誰も助けてくれないことなんて分かりきっていたはずなのに、どうして悲しくなるの?
何でこうなったの?
今まで堪えていた涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
伯爵は私の目の前まで来ると、ナイフを振りかざした。
……私、本当に死ぬんだ。
嫌、嫌だ。
誰か助けて--!
私はぎゅっと目を瞑る。
伯爵がナイフを振り下ろそうとした、その時だった。
「っ!」
強い風が巻き起こり、私を取り押さえていた使用人たちとすぐ近くにいた伯爵を吹き飛ばし、彼らが声のない悲鳴を上げた。
それと同時に、温かい何かに包まれたような感じがした。
恐る恐る横を見ると、そこにはあの白皙の美貌があった。
「ルウィ……ルク、さま……」
かすれた声で、その美貌の持ち主の名前を呟いた。
そう、そこには彼がいた。怒ったようにその美しいかんばせを歪ませ、私の肩を抱きかかえてくれている彼が。
彼は私の方を向くと、焦っているような表情をした。
「間に合って良かった。大丈夫か?」
朦朧とする意識の中、私は頷いた。
すると、私たちの後ろから中年くらいの男性が現れる。
誰だろう?男性は、彼と同じような外套を身にまとっていた。
「誰だあんたたちは!」
目を見開いた伯爵が叫ぶ。
すると彼は男性に「すみません、後は頼みます」と言った。
男性は頷くと、伯爵たちの方に歩み寄って行く。
それを遠目に見ながら、私は遠のいていく意識に抗えずにいた。
伯爵たちは、いつの間にか縄で縛られていた。
男性に連れて行かれようとしている夫人が、くるりと私の方を見た。鬼の形相で。
と、夫人が叫ぶ。
「何なのお前!あたくしたちが五年間も育ててやったというのに、この仕打ちは何なの!誰のお陰で生活できていたかわかってるの?!」
『誰のお陰で生活できていると思ってんだ!』
ふと、夫人の怒鳴り声に、男の声が重なる。
この男は誰……?
…や……嫌……。
「虫けらの癖に小癪な!」
『害虫の癖に生意気な!』
……嫌……嫌……!やめて……!
「リリアーナ!」
彼の悲鳴を聞いたのを最後に、私は意識を手放した。