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「ノチェブランカと言います。ステラ様、困ったことがあれば何なりとお申し付け下さい」
「え、えっと、ノチェ……」
「言いにくいようでしたら、ノチェでも大丈夫です」
「え、ええと、じゃあ、ノチェ」
「はい、何でしょうか」
ワインレッドの髪は、低い位置で一つに結ばれており、黒曜石の瞳は、爛々と輝いているが、真意が分からない。アルベドが困ったことがあればノチェに聞け、といって出て行っていこう、何故だか用意された、私の部屋で私はノチェと向かい合っていた。メイドと関わるのは、これで三回目……記憶に濃いのは、リュシオルと、思い出したくないけど、エルと……そして、ノチェ。ノチェは、感情が顔に出ないタイプなのか、ずっと無表情で私を見つめている。なんだか、グランツを思い出すなあ、なんて思いながら、私はノチェをちらりと見る。
(この人瞬きしてる!?)
アルベドが私にと推薦したメイドだから、何も不安はないのだけれど、何というか、じっと見られるのは苦手で、痒くて、私はいたたまれない気持ちになる。
「ああ、あのね、ノチェ。私、元々、平民出身で。だから、その、様、とかいらないかなあ、なんてあはは……」
「そんな風に扱っては、アルベド様に殺されます」
「こ、ころ……」
コクリと頷くノチェ。さすがに、そこまではしないだろうと、私はアルベドの顔を思い浮かべる。絶世期のラヴァインだったら、平気で人を切り捨てただろうけれど、アルベドはそのタイプじゃないし、何なら、悪い人以外には、まだ態度がいい方だし。ノチェは、アルベドを恐れているのだろうか。顔から、想像つかないため、私はノチェの顔色を伺うしかない。
「ノチェ」
「はい」
「やっぱり何でもない!」
じっと見つめられるのは慣れていない。グランツを思い出すし、前の世界で、散々メイドのエル……エトワール・ヴィアラッテアから酷い仕打ちを受けたから、メイドにいいイメージが残っていない。勿論、リュシオルのことは好きだし、聖女殿のメイドさん達も好きなんだけど。専属メイド、というのはやっぱりリュシオル以外は……と思ってしまう。
私の態度に気づいてか、ノチェは深々と頭を下げた。
「私は、まだステラ様がどのような人間か理解しておりません。しかし、アルベド様の大切なお方というのは、耳にたこができるほど聞いております故、どうか、私に貴方様の世話をする権利を……」
「ひえっ」
思わず声が出てしまう。ノチェもびっくりしたのか、肩をビクンと大きく動かしていた。変な声が出てしまったのは、もう取り返しがつかない。でもそんな風に頭を下げられて、下がってなんていえないし、私の先入観とか過去で、何もしていない、ノチェを傷つつけるのもまた違うんじゃないかと思った。
ここは頭をリセットするべきで……
(てか、アルベドの大切な人って、アルベド、どれだけ私のこと喋ったわけ?)
私が、エトワールだと判明したのはついさっきで、それ前に何かを言っていたということだろうか。いや、それも考えられない。だったら、聞き耳を立てていた? それを、許可されていたということだろうか。何も分からない。でも、ノチェは、私がアルベドにとってどんな存在が深く理解しているようだった。
「あ、あの……ノチェさん」
「ノチェで大丈夫です」
「あ、アルベドは、私の事なんていってたの?てか、なんで知っているの?」
そう聞くと、ノチェは、こてんと首を傾げた。さも、当たり前で、何故それを聞くんだとでも言わんばかりに。そんな反応をされても、こっちも困るんだけど! と、心の中で叫びつつ、私は息を吐く。
まずは、ノチェを知ることから始めないといけない気がしたから。
「あの、ノチェは、アルベドとどういう関係……で?」
「どういう関係とは。ただの、主と、使用人ですが」
「そ、そーだよね!なんもないよね」
何を想像したのか、みたいにじっと見つめられ、私は恥ずかしくなって、手で顔を覆った。それ以外何があるのだろうか。
「ステラ様が、聞きたいのは、そういうことではないんですよね」
「え、えっと、ま、まあ」
「私は、下級貴族の生まれで、家から追い出され、娼館に売り払われそうになった時、アルベド様に助けてもらったんです」
「しょ、娼館……」
きいたことはあるけれど、みたことはない。無縁の世界。まあ、公爵家で働くメイドが、そこら辺でバイトを募集して集まってきた人達じゃないことぐらいは分かる。そうやって、家を支えるか何とかしないと、貴族は大変なんだな、と。そして、ノチェもその一人だったというのだ。
(アルベドが、助けた……)
優しいのも知っている市、悪い人しか殺さないのも知っている。でも、人助けもするのか、と何か意外というか、私以外にはそう言うところを見せてこなかったから、そんなエピソードが飛び出してきたのはとても新鮮だった。ノチェが、どれだけアルベドに恩義を感じているか、それだけで分かる。だから、アルベドの大切な人である私は、大切にしない兎斗、そう言うことなのだろう。理解した。
「アルベド様に拾っていただかなければ、今頃私は娼館で働いていたことでしょう。若さが必要な商売ですし、体力も……」
「ひ、ひええ……」
「でも、こうしてここで働かせて貰って、アルベド様に使えることができて、今は幸せです」
と、ノチェは口にする。ほんの少しだけ、口角が上がった気がして、年相応の顔だな、と私は見惚れてしまう。ノチェは、メイド服を着ていて、化粧は薄めなのだが、元の素材が整っていて、貴族だった名残が抜けていないというか、綺麗というか。目をひく存在だった。眼福。
「そうなんだ。アルベドが……」
「ですので、アルベド様が大切だと仰った、ステラ様のお世話は、ステラ様の命は私が命に書けても守りますので」
「そ、そんな大丈夫だって。ここにいたら……あ」
そこまで言いかけて、私は口を閉じる。ここにいたら大丈夫なんてこと本当にあるのだろうか。公爵家は、アルベドの勢力と、ラヴァインの勢力で別れていた……それも、まき戻ったから、そのいがみ合いは続いているのだろう。ないとは思うし、あったら嫌なのだが、私を人質にとってアルベドを脅す……なんてことも考えられなくはないわけで。
「ひぇ……大変」
「どうしたのですか。ステラ様」
「う、うん。うん、大丈夫」
独り言が、口に出ていたようで、私は笑って誤魔化した。
新しいメイドにまで、変な人だと思われたくないし、アルベドがどんな風にノチェに私のことを紹介してくれているか分からないからこそ、今以上に印象を悪くしたくなかった。ただの見栄っ張りなのだが。けど、すこーし、好奇心もあって、気になって、私はノチェに聞いてみる。
「そ、その、アルベドは私の事なんていってたの……?さっきも聞いたけど」
「アルベド様は……ごほん、ではまず、最近のアルベド様の奇行についてお話しましょう」
と、ノチェは少し改まって話を始めた。
立ったままではあれだろうと、座っても……と促したが、ノチェは頑に座ろうとしなかった。メイドが休んではいけないと考えたのだろう。私は、いつもお世話される側だったから、メイド達の苦悩も何も知らない。リュシオルだったから、あんな風に接していたけれど、ノチェとか、エルとかは違う、これが普通なんだと教えられる。貴族って、改めて贅沢しているなあ、なんて思いながら、私はノチェの言った言葉で引っかかったものに対し、心の中で抑えきれずに突っ込んだ。
(といか、今、奇行っていった?アルベドの?)
アルベドの奇行なんてパワーワードきっとここ以外では聞くことはないだろう、なんて思いながら、私は喉を鳴らし、食い入って前のめりになった。