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あっという間に目的地である川の上流につく。
後から遅れて到着したマテラに背中をさすられながら、ヒメは地べたに這いつくばっていた。
「ツミよ、貴様が思うよりも人の子はずぅっと脆くか弱い存在だ。貴様の物差しを基準にするでない」
溜息混じりに説教を食らわせるマテラ。
ツミはしょぼくれてしまい、川の水で遊び始めてしまった。
「…ヒメ、落ち着いたか?小僧はひとでなしでな、気遣うという発想がなにも無いのだ」
「大丈夫ですマテラさん…。マテラさんのおかげで少し気分がよくなってきました」
実際、マテラの体は生命を癒す力を纏っていた。
ヒメの体が頑丈で、子供が故に回復が早いことも相まり、比較的ずっと早く体調がよくなっていた。
気分が落ち着いたヒメはすぐに立ち上がり、川の付近の岩に近付く。
足元に気を付けるよう注意するマテラに、ヒメが冗談混じりに「お母さんみたい」と口にする。
「……似たようなものさな」
マテラの含みある呟きを少し疑問に思いながら、岩に生える苔のようなものを手に取りガラスの瓶に入れる。
「なにしてる、の」
水遊びに飽きたのか、ツミがヒメに聞く。
「磨り潰して煎じると、病の苦しみを和らげてくれる薬になるんです。でも、岩から剥がしたら急がないとダメになってしまうので、速く帰りましょう」
その説明を聞いて、なにか思い付いたのか、ツミがヒメの目の前にある岩に爪を立てる。
ツミが力を入れると、岩が綺麗に真っ二つに割れた
ツミは岩の外側…薬草の苔が生えている方を手に取り、自慢げに見せびらかす。
「これなら、長持ちする」
ヒメは驚きながらも、パチパチと拍手してツミに賞賛を贈った。
「全く…貴様は変なところで器用だな……」
ヒメの案内に従いながら、今度はいくらか遅く走る。
マテラに注意されたように、今度はヒメを丁寧に抱きかかえながら。
木々の合間を器用にすり抜けていくと、小高い丘の上に辿り着く。
丘の反対側に向かうと、建物が20軒ほどと、中央に物見やぐらがある小さな集落についた。
集落を囲う、木と藁で作られた1メートル程度の柵の近くで停止し、慎重にヒメを降ろす。
出入り口はどの辺りかとヒメに効聞こうとすると、集落の方から鐘の音が響いた。
「ヒメだ!ヒメが帰ってきたぞ!!」
集落の中央にある、物見やぐらに目を向けると、一人の男がバケツでできた鐘を必死に叩いていた。
それに反応し、集落の中から次々と人が出てくる。
…といっても、人数はせいぜい15人足らず。
それもほとんどが年端もいかない子供ばかり。
若い男が一人、「門を開けてくる」と言って走りだそうとすると。
「いい。そっちわたすから」
ツミがそう言って男を呼び止める。
皆がざわざわと「誰だろう」と口にするのも気にせず、ツミは両腕を狼のように毛深く、大きく、凶悪な形に変形させる。
その腕でヒメの両脇を掴んで、慎重に柵の内側に運んだ。
ヒメを降ろすと、思い出したように苔の生えた岩の欠片も渡した。
すると用が済んだように、ツミが後ろを向いて歩き出し、ヒメに手を振る。
「じゃ」
「待って待って待って待って待ってください!」
一人の子供が、ヒメの服の裾を掴んで聞く。
「ヒメおねえちゃん、あの人だれ?」
それに反応するように、大人の女がヒメの服に付着する血痕に気が付く。
「ヒメあんた!これどうしたんだい!?まさかあの野郎に……!」
「違います違います!あの人は私を星の蛇から助けてくれたんです!」
ざわざわと騒ぎ出す。
人数は少ないが、ざわつく声は妙にうるさく聞こえる。
ヒメがツミの方を見ると、既にツミは丘のてっぺんまで離れていた。
「戻ってきてください!!」
ヒメは自宅にツミを招き入れ、自身の母親を紹介する。
「私の母です。一ヶ月ほど前から、ずっと寝込んでいて……。たまに起きたかと思えば、苦しそうに咳をするんです」
岩の断片に生える苔を剥がすと、水で軽く洗い、すぐに磨り潰し、井戸から汲んできた水と一緒に土鍋に入れて火に掛ける。
しばらくして湯が沸騰してきたら、布でこし、湯を母親に少しずつ飲ませる。
余った苔も煮沸消毒し、こした苔と一緒に団子のように丸めた。
「その苔団子はどうするのだ?人が食べるには些か苦いように思うが……」
「本当は母に食べさせたいですけど、お察しのとおりすごく苦いので弱ってる状態で食べるのはあまりよくありません。なので母の病が万が一にも移らないよう、私や姉達が食べてます。ずごく苦いので二番目のお姉ちゃんは嫌がりますけどね」
マテラは相槌を打ちながら腑に落ちたような表情を見せる。
一方ツミは、苔団子を見ながら涎を垂らし、今にも食いつきそうな目をしていた。
「…すごく苦いですよ?」
「構わんだろう。ツミは苦かろうが渋かろうが何だろうが口に入れる」
ヒメが一つだけ苔団子をツミに差し出すと、ツミは喜んで手に取り、パクリと一口で食べる。
甘く熟れた果実を頬張っているような表情に、とても酷く苦い団子を食べているようには見えなかった。
「…それで、アレなに」
苔団子を食べ終わったツミが、家の入口の方を指差す。
そこには、不思議そうな目でツミとマテラを遠目から見ている、集落の人間全員がいた。
その視線を煩わしそうにツミは睨むが、頭が引っ込むだけで視線は無くならない。
「皆、我々のことが不思議で仕方がないのだろうて。煩わしくとも手を出すでないぞツミ」
マテラがなだめるがツミの機嫌がよくなるはずもなく、唸って外野を威嚇する。
すると、入口にたむろする人々を押し退けて、大女と小柄な女性が入ってきた。
「ヒメ、また勝手に一人で森に行ったんだ?」
小柄な女性がヒメを威圧するように問い詰める。
ヒメが頷くと、女性はヒメを抱き寄せて怒鳴った。
「ダメでしょ!薬草も食料も姉ちゃん達が全部採ってくるから!ヒメは村から出ないで!!」
目に涙を浮かべながら、ヒメの姉を名乗る女性がヒメを強く抱き締める。
大女が小柄な女性の肩を叩き、軽く注意する。
「こらナダ、お客さんの前でやめなさいな。ヒメも、行くならせめて私達を連れて行きなさい。同じように森に行ったコトキ兄やガネのおっちゃんが帰ってこなかったのを忘れたわけじゃないでしょう」
「ごめんなさいイナお姉ちゃん…」
「お客さんもすみませんね。うちの末っ子が迷惑かけてしまって」
長女と思われるイネが、マテラとツミに頭を下げる。
「なんら問題は無い」と言うマテラ。
反対にツミは不満を感じてはいたが、マテラの説教を避けて口には出さなかった。
喋るのがあまり得意ではないツミに代わって、マテラがイネに問い掛ける。
「其方達さえ良くば、この集落でなにがあったのか、聞かせてはくれぬか」
その言葉に、イネ、そしてヒメを抱き締め続けているナダは重い表情を浮かべた。
怪物のような青年ツミ、喋る鶏のマテラ。
相当追い詰められた状況でもなければ、こんな者を頼ることなんてありえないだろう。
しかし、今は、その“相当追い詰められた状況”。
狗の手でも借りたいような状態。
ツミとマテラに話すべきかどうか悩むイナとナダ。
そんな姉二人を無視して、ヒメは覚悟を決めた。
「どうか、この苦しみから解放してくださいませんか、マテラ様、ツミ様」