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“魔王・ブリガンテ ”が、とうとう狂って死んだ。
僕は他者に取り憑く習性を持つ生き物である。そんな僕に長年憑依先として使われ、宿主特権で力を得た彼が魔物共を統率してきたが、“僕”という存在に精神が耐え切れなくなった事が原因だった。牛の様なツノを持ち、人間にも似た顔立ちが飛び抜けて美しい奴だったが、他者よりも欲深いというだけで本人はたいした力を持っていなかった。だからかアイツは、『奴 に見捨てられてしまったら、オレは終わりだ』といつも怯えていたのだ。
配下が増えれば増える程にその恐怖はアイツの精神を蝕み、次第に崩壊させ、自らの手で命を絶つ事を選択するに至ったのだろう。僕が少し目を離した隙に、奴の遺体は短剣を胸に突き刺した状態で発見された。
あーあぁ。
もうちょっとでコイツはこの世界を手に入れられたのに。
ホント、馬鹿な男だ。
戦闘は日々苛烈を極め、人間達の陣営は劣勢続きだった。どう考えたって魔物側が圧倒的優勢だったから、王が死ななければ、この世界は魔物の支配下に堕ちただろうに。アイツには、手に入れてしまった後の世界を治めていく度量も無かった様だ。
そのせいで、結果は人間達のまさかの逆転勝利。 魔物達は統率者を失い、一様に絶望し、主人を失って大多数が散り散りに。
憑依対象であったブリガンテを失い、去り際の置き土産として僕は、強者達全員に『次の王は君がなるべきでは?』と囁いておいた。そのおかげで彼らは内部で争いを始め、続々自滅していった。
結果として人間達は勝利を収める形にはなったが、両者は長い戦いで痛み、傷付き、人間共がコツコツと築き上げた文明はもう、笑える程に壊れている。このままいけば形だけの勝者となった彼らも、緩やかに滅亡へと進んでいくだろう。
…… ふふっ。ははっ、あはははははは!
あー、何度思い出しても笑えてくる。
“ブリガンテ” は魔物だったおかげで体は丈夫だったから、長く楽しめた。だが、相性が良過ぎたせいでとても操り易く、その点では非常に退屈だったなとも思う。
…… よくよく考えてみると、その前も、その前も前も前も前も——
慌てて過去を振り返ってみたが、僕は毎回、身の内に深い闇を抱えた者ばかりに取り憑いてきたなと、永年生きてきたクセに今更気が付いた。属性が僕と同一の者達が操り易いのは、当然の事じゃないか。
…… っ。
何だか急に、イラッとしてきた。プライドが傷付いた気さえする。
よ、よし。 次は、僕とは正反対の者に取り憑こう。だが、その分思考を容易く理解出来る様な対象ではなくなるから、操るのは困難になるが…… 。いや。だからこそ、その分やり甲斐はあるはずだ。
うん、次は慎重に選ぶか。
厳選して、これ以上ない程の善良な魂を…… 次もまた、奈落に堕としてやる。
そう決めて、ゆっくりじっくり対象者を選び過ぎたせいか、気が付けば魔王・ブリガンテの死から六年の歳月が経過していった——
オアーゼ大陸の東部に広がる【ガイスト】という地域は広大な森林地帯だ。そこかしこに湧水や綺麗な川があり、平坦な場所も多い。昼間でも少し薄暗のが人間達には少々難点であるとされているが、その方が僕には都合良く、居心地が良い場所である。
近傍の町には人間や獣人が。森には動物だけでなく、精霊達も多く生息しているので危険な魔物はほぼ居ない。ただ精霊達 は面倒くさがりでもあるので、ゴブリンなどといった群れを作る小物は、昔っから放置しがちだ。
『一匹見つけたら、十匹は居ると思え』と言うくらい、繁殖力の高い虫であるゴーキブリィ並みにしつこいゴブリンだが、最近では人間達が大量に始末しているから随分とこの森も静かになった。
——はず、だったのだが、今日は随分と森が騒がしい。
コボルト達まで集まって、そこかしこで雄叫びを上げ、やたらと走っている。
しばらく様子を伺っていた所。どうやら大型のコボルトが捕まえて奴隷にしていたゴブリンがガイスト地域へ逃げ出し、それを人間が狩ってしまったみたいだ。『ならば新しい奴をまた捕まえればいいだけの話だろ』と思うのだが、残念ながら大型のコボルトは知能が低めで欲深い者が大半である。そうではない者もいるにはいたが、それらは既に人間達と共存を果たし、今でも外野で暮らす奴らはすっかり低脳な者ばかりになった。そんな奴らの所有物だとも知らず、結果的に横取りしてしまった者達が、どうやらコボルトに追われているみたいだ。
最初は四人のパーティーだった。だが途中で少女が一人で森の方へ走って行き、残り三人は町へ。見付けた時はてっきり、獣人の少女が進んで自ら囮となって残り三人を逃したのかと思ったが、内情は少し違っていた。
男達は見捨てたのだ。
回復能力しか持たない、小柄な少女を。
身軽なアーチャーを町まで走らせ、三人で後退しつつも応戦していれば充分に助けを呼べる状況だった。全員が生き残るなら当然そうするべきだったのに、男達は自分の命のみを選んだのだ。『回復魔法が使えるから死なないだろう』と言い訳をしていたが、コボルトを倒せるだけの攻撃手段を持たない少女では、魔力が尽きるまでずっと、生きたまま食われ続ける状況になるとわかっていただろうに。
うん、いいね。
まずは自分が生き残ろうとする姿は生き物として正しいと思う。
彼らに対し強い好感を抱く。なので僕は、町へ向かって必死に駆けて行く三人の影に潜み、下から丸ごとごくんっと呑み込んでやった。別段美味しいわけではなかったが、『助かった!』と歓喜している奴らから希望を奪ってやった心地良さを得る事は出来た。でも、残念ながらその喜びも一瞬で消える。僕の欲望がこの程度で満たされるわけがないのだ。
木々の影に潜み、僕はコボルト達から必死に逃げ続ける少女の様子を観察し続けた。アイスブルー色をした髪を大量の汗で濡らし、大きな尻尾には葉っぱや折れた枝が引っかかっている。苦しそうに息を吐き出し、体中に出来た傷から血を滲ませながらも生きようと足掻く姿はとても美しい。三人の男達への怒りを抱えている気配も無く、ただただ町から離れて彼らを守ろうとしている考えが、その表情からも容易く読み取れる程の『善人』だ。
…… ふふっ。
きぃーめた。