テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
薄暗い体育館の更衣室には、放課後になると誰も近づかないロッカーがあった。
そのロッカーは、古びた鉄製で、他よりもわずかに色がくすんでいる。番号は「17」。
鍵は壊れているはずなのに、なぜかいつも閉まっていた。
三年生の真琴は、友達からこんな噂を聞いた。
「17番を三回ノックすると、中からノックが返ってくるんだって」
くだらない。そう思いながらも、好奇心には勝てなかった。
夕暮れの更衣室。窓の外はオレンジ色に染まり、ロッカーの影が床に長く伸びている。
誰もいないことを確認して、真琴は17番の前に立った。
コン、コン、コン。
静寂。
心臓の音がやけに大きく響く。
何も起こらない。やっぱり噂は噂だ——そう思った瞬間。
……コン。
……コン、コン。
内側から、ゆっくりと三回。
真琴の喉が凍りつく。
確かに、返ってきた。
「……だれ?」
思わず声が漏れる。
ギィ……。
鍵が壊れているはずの扉が、ひとりでに少し開いた。
中は暗い。だが、奥に何かがある。
制服。
それも、見覚えのあるブレザー。
胸元の刺繍。赤いリボン。
——自分の制服だ。
だがそれは、濡れていた。
黒い水で。
ポタリ。
水滴がロッカーの底に落ちる音。
真琴は後ずさる。
だが背中が、別のロッカーにぶつかった。
振り向く。
ずらりと並ぶロッカーの扉が、すべてわずかに開いている。
暗闇の隙間から、無数の「目」が覗いていた。
瞬きもせず、真琴だけを見ている。
コン。コン。コン。
今度は17番だけではない。
四方八方から、ノックの音。
内側から叩く音。
助けを求めるような、いや——出たがっているような。
「入れて」
耳元で、囁き。
真琴は走った。更衣室の出口へ。
だが扉は開かない。
振り返ると、17番のロッカーの扉が大きく開いていた。
中は、暗闇ではない。
そこには更衣室があった。
今と同じ、更衣室。
そして——
17番の前に立ち、ロッカーをノックしている真琴の姿。
コン、コン、コン。
「……だれ?」
中の真琴が顔を上げる。
目が合う。
外にいる真琴は、理解してしまった。
ここは、ロッカーの中。
自分はもう、外側ではない。
ギィ……バタン。
扉が閉まる音。
翌日。
更衣室の17番ロッカーの前で、新入生の少女が立ち止まる。
「ここ、なんかへこんでるね」
コン、コン、コン。
少しの沈黙のあと。
……コン。
……コン、コン。
内側から、返事があった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!