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佐伯の違和感
夜。
マルトク本社の分析室。
照明は落とされ、
モニターだけが光っている。
佐伯は一人、ログを見ていた。
花子の観察記録。
村田孝好の稼働データ。
そして業務補助者・笹川迅翔。
三つのログが同時に記録された時間。
たった四十分。
だが、妙だった。
佐伯は画面を拡大する。
観測対象A:村田孝好
情動変動:微増
観測対象B:花子
意味付与回避率:高
観測対象C:笹川迅翔
人格調整:停止
佐伯は眉をひそめた。
普通なら起きない組み合わせだ。
強化実験が進んでいる今、
安定層はむしろ均一化しているはず。
なのに。
この三人のログだけ、
波形が違う。
揺れている。
それも不規則に。
佐伯は椅子にもたれる。
「……なんだ、これ」
グラフを重ねる。
村田。
花子。
ハヤト。
三本の線。
奇妙なことに、
三つの波形が
同じリズムで揺れている。
同期。
だがこれは、
システムが作った同期ではない。
もっと原始的なもの。
人間同士の、
会話のリズム。
佐伯は小さく息を吐いた。
「安定層の一部に揺らぎがあります」
自分が会議で言った言葉を思い出す。
あれは間違いじゃない。
むしろ、
過小評価だった。
これは揺らぎじゃない。
別の安定が生まれかけている。
佐伯はモニターを閉じた。
そして、独り言のように言う。
「……村田孝好」
名前を口にした瞬間、
背筋に冷たいものが走った。
もしこの男が、
制度の外側で安定を作れるなら。
それはつまり、
マルトクが売っている商品が
唯一ではないという証明になる。
それはすなわち、
「最高シェアからの陥落」
へつながる。
佐伯は理解する。
これは危険だ。
会社にとって。
そしておそらく、
国家にとっても。
山田外相の視線
ー政治の視線からも「狙われる」村田
溺愛プランから降りた後。
別ルートからの接触が始まる。
秘密裏のルートからあざとく嗅ぎつけた
山田外相。
その名が通知ログに表示されたとき、
月影は深く息を吐いた。
「……ターくん、逃げて」
だが村田は笑う。
「面白そうじゃん」
彼はどの契約者にも依存しない。
だからこそ、
権力側は彼を欲しがる。
支配できない愛ほど、厄介なものはない。
しかし、
山田は違う。
「難物に心惹かれときめく」男だ。
同じ頃、永田町では
この頃。
橘靖竜
小山内総理は健在。 山田は外相。
会食の席で
誰かか言った。
「仮想日本でハーレムを作った男がいるらしい」
小山内は笑う。
「それはそれで|羨《うらや》まだけど身が持たねぇ汗」
歓談に花咲かせる連中をスルーした山田は、
黙って資料を見る。
“村田孝好” “更新拒否” “制御外人気”
その視線は、すでに狙っていた。
ちなみに、
山田はまだ大統領ではない。
もちろん野心はある。
外務省。
深夜の執務室。
山田は均整のとれた体格をシンプルな合皮張りのチェアに押し込めながら、資料を読んでいた。
表紙にはこう書かれている。
「マルトクテック・行動安定プログラム」
ページをめくる。
分析。
グラフ。
心理統計。
そして一枚の写真。
村田孝好。
山田はその写真をしばらく見ていた。
普通の男だ。
特別に美形でもない。
しかし目が違う。
山田はつぶやく。
「この男が?」
秘書がうなずく。
「はい。依存誘導なしで最高満足度を維持しています」
山田は椅子に深く座る。
面白い。
この国は今、
静かに壊れ始めている。
孤独。
少子化。
分断。
政府はそれを、
制度で管理しようとしている。
マルトクもその一つ。
安定を売る企業。
しかし。
もしこの男が、
制度なしで安定を作れるなら。
それはつまり、
国家の前提が崩れる。
山田は笑った。
「素晴らしいよ」
秘書が驚く。
「危険では?」
山田は首を振る。
「危険なのは、放置すること」
彼は窓の外を見る。
相変わらずな東京の夜景。
無数の強すぎる光。
その一つ一つが、
誰かの孤独。
山田は言う。
「政治はひと言で言うなら
人間の欲望を管理する仕事」
手際よく資料を閉じる。
「でもこの男は」
軽く笑いながら、
「欲望を管理されていない」
沈黙。
山田は机を指で叩き、
「面白い」
秘書が尋ねる。
「接触しますか」
山田はしばらく考え、
ゆっくり首を振った。
「まだ早いよ
彼は今、空白を知ったばかりだから」
そして言う。
「空白を知った人間は
必ず何かを選ぶ」
その時、
こちらが手を伸ばす。
山田は静かに笑う。
「その選択が、国を動かすかもしれない」