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怜が圭の事を鋭い眼差しで見据えたまま、落ち着いた声で愛おしい恋人の名を呼ぶ。
「奏」
「はい」
奏が怜を見上げると、目の前にいる兄を睨み続けながら、彼は言葉を続けた。
「これから俺が圭と真理子に話す事は、恐らく奏の心を深く傷つけてしまうだろう。だが、これだけは言っておく。忘れんなよ?」
怜は徐に圭から視線を外し、奏の澄んだ眼差しを捉える。
「今の俺にとって、誰よりも何よりも一番大切で愛おしい女は、奏だ。奏だけは……絶対に誰にも渡さない」
涼しげな奥二重の瞳で射抜かれ、真剣な声で紡がれた誓いのような言葉に、奏は頷いた。
「大丈夫です。私は、怜さんの全てを受け止めます」
奏も小さい声だが、はっきりと怜に言い切る。
怜は、片品高校吹奏楽部の創部記念パーティの後、元カレの中野に絡まれた時に助けてくれた。
更に、改めて告白してきた時、『奏の全てを全部受け止める』と言ってくれたのだ。
彼の想いに、彼女が応える時が来た。
(今度は私が怜さんの全てを受け止める。どんなに自分が傷付いたとしても……全部受け止める……!)
奏にも覚悟はできている。
これから先、何があっても怜と真っ直ぐに向き合っていく事を。
もう何も迷う事はない。彼が大好きだから。
「ありがとう」
怜は奏に微笑むと、再び眉根に皺を刻ませ、圭を凝視した。
「圭。お前、真理子と婚約しておきながら他の女と浮気するなんて、悪戯が過ぎやしねぇか? それに、お前が肩書きや財力をチラつかせて真理子に近付き、俺から寝取った事くらい、分かってんだからな?」
怜が発した言葉に、奏は静かに目を見張った。
(え? 怜さん……お兄さんに園田さんを…………奪われたの……?)
今まで怜から一言も明かされなかった真実を、突然彼が口にした事で奏は瞠目したままだ。
(しかも……寝取られたって……)
怜の言葉に衝撃を受け、絶句する奏。
「昔から俺は、全てにおいて優れていたお前と比較され続け、社会人になっても卑屈になっていた時に出会った真理子が、俺にとって唯一の心の支えだった。それまで全く考えた事もなかった結婚も、真理子となら、って考えてた。それをお前は何食わぬ顔で、俺の大切な存在を奪いやがった」
奏は、目の奥がヒリヒリとしていくのを感じながら、黙ったまま怜の言う事を聞いている。
怜にとって園田真理子が、人生の伴侶とまで考えていた事を知り、奏の心が焼け爛(ただ)れるように熱く、痛い。
(園田さん……怜さんに……すごく愛されていたんだな。そして……当然の事だけど……怜さんに抱かれたんだよね……)
奏の中に、忘れていた醜悪な感情が渦巻き、それが真理子へと向けられる。
『怜の全てを受け止める』と、しっかり彼に答えたばかりなのに、この有り様だ。
(それなのに。それなのに……! お兄さんに乗り換えておいて、今更怜さんがやっぱり好きって何なの!? サイアク!!)
奏の口癖でもある『サイアク』が、ここに来て胸中で頻発し、いつしか『黒い炎』が轟音(ごうおん)を立てながら燃え上がり、憎悪を滲ませた眼差しで真理子を貫いた。
視線を俯きがちにしている真理子には、目が据わっている奏には気付いてないだろう。
『女の敵は女』という言葉があるが、あながち嘘ではなさそうだ。
(もう本当に色々な意味でサイアク……!)
沸々と煮えたぎる気持ちを抑え込みながら、奏は圭に視線を移した。