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ウェルが専属になりさらに2年が経過した。
変わり映えしない日常、このゆったり流れる時間が素晴らしい。
最近は将来の身長を気にして牛乳を飲み始めた。
そんな僕の生活に比べ最近の父上は忙しそうにしている。
陛下からの急な呼び出しのため、屋敷を離れている。
今は屋敷を離れ王都で過ごしている。
勅命書が届いてから会話もせずに行ってしまったのでどんな内容か知らない。
詳しくは帰ってから聞いてみようと思う。
……さて、そんな僕も5歳になり、貴族の教育が始まった……ということになっている。
3歳の頃からウェルに頼んで2年をかけて貴族の基礎となる教養は終わらせた。
今では本を読んだり、母上がやっていた趣味をやってみたりと優雅なひと時を過ごしている。
何故このようなことをしているかと気かれれば優秀な奴だと思われたら将来キツイ思いをする。
おおきな期待は自分を将来苦しめる足枷でしかない。
僕のスペックは良くも悪くも前世と同じ中の上、平均より高いくらいだ。
幼い頃から天才だなんて思われたらどんどん難しい課題をやらされるに決まってる。
僕が目指すは平穏な人生、寿命を真っ当に生きることが第一目標。
天才だと思われるとそれだけ期待をされる。
あいつに任せれば大丈夫。多少のミスはあいつがいるから問題ない、勝手に修正してくれる。
有能だとわかると難しい案件の仕事を任せられる。前世ではそうだったし。
夜遅くまで仕事して、睡眠時間を削ってでも仕事をするなんてごめんだ。
不健康な生活は体調を崩す原因であり、弱った体に菌が入り込み病気になるかもしれない。
もちろん伯爵家嫡男なので、仕事が忙しくなるのはわかる。
だが、やり方によっては前世での定時上がりの働き方も可能だと思う。
その理想を叶えるためにウェルがいる。
ウェルは優秀だ。将来僕の補佐として今では空いている時間に父上とシンの手伝いをしている。
前世の僕は一人で仕事をすることが多かった。そのせいで残業終電帰りは当たり前。
前世の教訓から仕事において一番大切なことは人に頼ることだと学んだ。
当たり前のことだが、体験して初めて気がつくものだ。
「アレン様、今日の時間は終わりになります」
「…ありがと」
手帳に何かを記しながらウェルが終了時刻を教えてくれた。
今日も自室の閉じこもり時間は終わりかと思い読んでた本を閉じる。
「そういえば最近僕を見ながらメモをすること多くなったけど、何メモってんの?」
「え?自意識過剰ですか?」
「違うよ」
不定期だけど、ウェルは僕を見ながら書き物を始めたのは最近だ。
本を読みながらでも、ゴソゴソという音が聞こえるので気になり始めた。
「気にしなくていいですよ。これ、旦那様に報告するためのメモのようなものですから」
「報告?」
「はい。だって今アレン様10歳までに終わらせる内容全て終わらせていますよね。ですので、今日はどのような内容をやったかをメモしてるんです。アレン様を見ながら書いているのはどんな表情でやっていたかの詳しいメモですよ」
「いや、逆に怖いよ。なんで表情までメモしてるの!」
「旦那様からの依頼です……深い意味はないかと。おそらく勉強中は部屋の立ち入り禁止にしたアレン様が原因かと」
「……ああ」
なんとなく、わかった気がした。
父上は僕が勉強している様子を何回か見に来たことがある。
父上は息子バカだ。
5歳になってから教育が始まったことになっているので、定期的に見学に来ていた。
耳で接近しているかわかっていたので、部屋に入ってきたら上から本を被せて勉強しているフリをしていたのだが、流石に頻度が多すぎて面倒くさくなった。
そこで僕は「勉強中は来ないでください!……次来たら嫌いになります!」と言った。
効果抜群なようで、言った日以降来ることは無くなった。
ウェルの話す理由から父上なら言いそうなことだなぁ。
「父上が迷惑をかけるね」
「いえ、大丈夫です」
とりあえずウェルに労いの言葉をかけた。
こんなことまで頼まれるなんてウェルは大変だな。
僕は内心そう思いつつ、次の用事があるのでその準備を始める。
ちなみに基本的に勉強時間は正午までと決めてある。
それ以降は自由時間、外に出て散歩をするもよし、父上の仕事を見学するもよし、母上と団欒するもよし。
「それにしても今回は何の本を読んでいるんですか?」
僕が読んでいた本を本棚に仕舞おうとした時、ウェルから声がかかった。
「海洋生物の本だよ」
「へぇ、アレン様もそう言う本読むんですね。てっきり小説しか読まないものかと」
「何だよその意外みたいな顔は、僕だって将来を見据えていろんな本を読むべきだと思ったんだ。この本はその一環だよ」
失礼な。
僕だっていろんな本を読む。ウェルの言う通り比較的小説を読むことが多い。特に王子様とお姫様のメルヘン小説は最近多く読んだ。だってここは乙女ゲームの世界。全くゲームのシナリオを覚えていないので少しくらい参考になると思って読んだんだ。
だが、読んだとしてもそこまで参考にならないのでやめてしまったが。
「……なるほど、アレン様も将来のことを考えてのことでしたか」
「そう言うこと」
海洋に興味を持ったのは、母上の出身隣国が海沿いにあるからだ。
グラディオン王国の峠を挟んだ左の隣国。「オーシャン帝国」
とってつけたような名前だが、ここが乙女ゲームの世界なので今更だ。
その国では漁業が盛んである。
グラディオン王国には生魚をそのまま食べるのは習慣化されていない。
母上はもともとその国出身なので食べる習慣があるらしい。機会があればまた食べたいと言っていた。
父上は苦手意識を持っているようで遠慮したいと言っていたが。
僕も新鮮な魚を食べてみたいが、残念ながら新鮮なまま輸入することは技術的に難しく、生魚を食べるとしたら現地でしか食べられない。そもそも需要がないから輸出されることもないが。
将来僕は仕事で訪れる機会かあるかもしれないから行ってみたい。
「とにかく仕事で関わるかもしれないからね。学んでおいて損はないよ。それに母上がおいしかったと言っていたから食べてみたいからね」
「あの、そっちが本命ですよね?」
「……いや、将来のためだ」
「今少し間が空きましたね。本当にアレン様は旦那様に似てすぐ表情に出ますね」
「ウェルは一言うるさい」
最近遠慮がなくなってきている。
まぁ、これが僕が求める理想の主従関係なので気にしないが。
「将来的に役立つことには変わらないんだからいいだろ?それに僕は将来学園に入ったら母上の母国に行ってみたいと思ったから海洋生物についての本を読んだの。ウェルも読んでおけば?知っていて損はないと思うよ?」
「……そうですね。ではアレン様が読み終わったらお借りしますね」
「わかったよ。将来ウェルも行くことになったら僕と海鮮料理食べるとか?」
「それは遠慮します」
「連れないなぁ、まあ、いいけどね。そろそろ僕は母上に呼ばれているから行こうか」
話のキリがいいので、ウェルにそう告げた。
母上の元へ向かうため自室を出て一階にある居間に向かいながらも話を続ける。
「今日は奥様とお茶のお約束ありましたからね」
「そうそう。これも親子の大切な交流だよ。母上は父上が出掛けて寂しそうにしてるからね。親孝行ってやつ?」
「いえ、全く意味が違ってきますよ。考え方が5歳児とは思えませんね」
ウェルは僕が年相応の精神じゃないことには慣れた。
ウェルは3歳でベラベラと話しているのに少し違和感を覚えていたが、2年も経てば慣れる。
「もう少しやる気を出してほしいものですね。才能の無駄遣い、真面目にやればいいのに」
「だから、目立ちたくないんだって」
「無難な生活、寿命をまっとうするが目標ですからね」
「わかってんなら言わないでよ」
「はいはい。本当にアレン様はおっさんみたいなこと言いますね」
「うるせぇよ!」
僕はウェルの脇腹に肘を入れる。
だが、所詮は5歳児の腕力、全く意味がなかった。
そんな他愛もない会話をしながらも母上の元へ向かった。