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「パスポートねえ……」
パスポートって、どうせあれだろ? 作るのに金がかかるんだろ? あー、面倒くせーったらありゃしない。やるべきことが多すぎて頭の中がゴチャついてきた。
『乗り越えることができる自信がある』とは言ったものの、ちょっと心が疲れてきた。海外に行くのって、こんなにも大変なことだったんだな。
『海外へ行きました!』自慢をSNSに投稿している奴らのことを『そんなことで自慢するなよ』なんて思ってきていたけれど、しかし、今なら尊敬できる。その人達はこんな面倒なことを、ある意味、難関を突破してきたということだから。
「金も、手間も、時間も、そして労力も、たくさんかけてきたんだな」
さすがにマズいなと思えてきた。少しずつ、自分の思考のベクトルがマイナスの方向へ向かっていることに。ついさっきまでの自信は一体どこに行ってしまったんだ? たった数分前だぞ? こんなこと、あり得るのか? 矛盾だらけじゃないか。
きっと、恐らくだが、俺は無意識的に無理をしていたのかもしれない。自分自身を奮い立たせるために『嘘』をついていたのかもしれない。その『嘘』をついていた対象は、他人に対してではない。俺自身に対してだ。
それで、知らず知らずの内に心のバランスを崩してしまっていたのだろう。だからこその、反動。
「まあ、自己分析なんかしても問題は解決しないっつーの」
そう、一人ごちる。別に海外へ行くことを諦めたわけではない。その決意だけは揺るがない。緩いでいない。それは幸いなことだと言えるだろう。
「クソッ! ごちゃごちゃ考えてても時間の無駄だ!」
そんな言葉を吐きながら、俺は無理やり体を動かし、デスクに向かった。パスポートについて調べなければならない。その結果、分かったこと。やはり費用が一万六千円程かかるという事実だ。しかも大木の言った通り、パスポートが発行されるまでにはやはり一週間以上はかかるようだ。
「一万六千円か……」
明日の夕方にレッスンが入っているから、費用としてはクリアできる。ただ、夕方ではパスポート発行についての窓口が閉まっているかもしれない。なるべく早く準備をするために一日でも早く動いておきたいところではあるが、致し方ない。
明後日も夕方からレッスンが入っているから、昼間の内にそこに行こう。多少のタイムロスは仕方がない。目を瞑るとしよう。いや、瞑らざるを得ないんだけれど。
「あー! ちくしょう! なんで俺はこんなに馬鹿なんだ……」
自分のことを責めながら、俺はスマートフォンを手に取って、武田コーチの番号を表示させ、すぐに発信ボタンを押した。
しかし、俺がかけたこの一本の電話が流れを変えることになる。
『はい、もしもし武田ですが』
そう。神は俺を見捨ててはいなかったんだ。