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莉奈の言葉が、耳の奥で不快な耳鳴りのように繰り返される。
私は、デスクの上に置かれた「父の万年筆」を見つめた。
これまでは、どんな困難な決算も共に乗り越えてきた戦友のような存在。
けれど今は、得体の知れない「負債の証拠」に見えてしまう。
私は山崎さんからの報告を待たず
施設に収容された直樹の母───
かつての義母を訪ねた。
「……お義母様。一つだけ、答えてください」
面会室に現れた彼女は、かつての傲慢さを完全に失いただの枯れ木のようだった。
私は万年筆をアクリル板の前に置いた。
「この万年筆。……父があなたに贈ったものなのですか?」
義母は万年筆を見た瞬間、ひび割れた唇を震わせ、力なく笑った。
「……ああ、それ。懐かしいわね。詩織さん、あなたの父親はね、本当に『誠実な男』だった」
「……私の夫が作った借金を、肩代わりしてくれたばかりか、生活の面倒まで見てくれた。…直樹が、あんなに美しく育つための学費までね」
「……それだけ、ですか?」
「ええ。それだけよ。…でも、直樹にとっては違った。あの子にとって、自分の父親が情けなく死に、他人の男に施しを受けて生きる日々は、屈辱という名の『利子』が膨れ上がる地獄だった」
「……直樹はね、あなたの父親を愛し、同時に、殺したいほど憎んでいたのよ」
莉奈の言った「血縁」は、直樹が自分を正当化するために作り上げた
莉奈が私を揺さぶるために脚色した「嘘」だった。
けれど、真実はそれ以上に残酷だった。
父は、ただ善意で彼らを助けた。
しかし直樹はその善意を「支配」と受け取り
その恩を返すどころか、父が大切にしていた会社と娘を奪うことで
自分の矮小な自尊心を保とうとしたのだ。
「……計算違いも、甚だしいわね」
私は立ち上がった。
父が遺したこの万年筆は、過ちの証でも、復讐の種でもなかった。
ただ、どこまでも「お人好しで誠実だった父」の、不器用な優しさの象徴だったのだ。
「直樹は、父のその『隙』を突いて、我が家を食い潰した。……恩を仇で返すという、最も利率の低い、卑劣な投資を選んだのか」
私は、施設を後にしながら、空を仰いだ。
父の過去に闇はなかった。
あったのは、直樹という「恩を負債と感じる怪物」の歪んだ精神構造だけだ。
【残り33日】
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