テラーノベル
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その一瞬だけ、周囲の喧騒も、窓の外の夜景も消えて、世界に二人きりになったような静寂が訪れる。
「……悪くないな」
尊さんは静かに、慈しむように咀嚼してからそう言った。
「…で、ですよね……っ!」
合格点をもらったような安堵感に、俺は張り詰めていた胸をようやく撫で下ろした。
幸せな甘さが、口の中だけでなく、心の中にまで深く染み渡っていくのを感じながら。
◆◇◆◇
ディナーを終え、心地よい余韻が漂うテーブルに食後の飲み物が運ばれてきた。
俺が選んだのは、心を落ち着かせるハーブティー。
対照的に、尊さんは琥珀色の液面を揺らすエスプレッソコーヒーを注文した。
ティーカップから優雅に立ち上がる湯気をぼんやりと見つめながら、俺は今日までの道のりを静かに振り返る。
こんな風に、都会の夜を一望できる洗練された空間で、大切な人と極上の時間を過ごせるなんて。
一年前の、何をやっても空回りして失敗だらけだった俺には、到底想像もつかなかったことだ。
窓の外に広がる、光を散りばめたような眩い夜景。
尊さんと出会い、彼に導かれるようにして、俺は自分の知らない新しい世界をいくつも知った。
自分一人では決して開けることのなかった扉の先には、いつも驚くような景色が待っていた。
特別な夜景も、洗練された料理も、尊さんがいなければ、ただの記号のような景色でしかなかったと思う。
けれど、こうして大切な人と肩を並べて見るだけで、世界はこんなにも静かで、どこまでも温かい。
尊さんは、必要以上に声を荒げたり、自分の力を誇示したりすることはない。
けれど、その背中は誰よりも揺るがない強さを持っている。
守ると決めたものの前では、何があっても迷わず立ち続ける人だ。
尊さんは、こんな俺にも本当の意味での「強さ」を教えてくれた。
俺がかつての失敗だらけの情けない過去を打ち明けても、尊さんは一度も顔を曇らせることなく、ただ静かに俺の言葉を受け止めてくれた。
〝頑張ったんだな〟
〝……お前は本当、真面目すぎるし、自分を責めすぎだ〟
〝泣きたいときは、好きなだけ泣けばいい〟
低く落ち着いたその一言で、俺の心に刺さっていた棘が一本ずつ抜けていくような気がした。
長い間、自分を縛り付けていた後悔や不甲斐なさ。
その一言があったからこそ、俺はやっと、過去の自分を責め続けることをやめられたのだ。
正直、尊さんといると、人生は決められた一本の細い道じゃないんだと気づかされる。
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