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Side 青
ドア越しに、アコースティックギターの音がする。個室だから許されているのだろう。
ノブに手をかけたところで、止めた。
その音に乗って、彼の声が聞こえてきたからだ。
前みたいな張りはなく、弱々しい。でも音程はしっかりしていて、上手さはきょもの歌そのもの。
扉の前で聞き入る。
聴いたことのないメロディーだった。バラードのようで、テンポはゆっくりとしている。
が、突然歌が消えた。
そして耳に届いたのは、苦しそうなうめき声。
慌ててドアを開けて中に入った。
ギターは布団の上に放り出され、きょもはベッドの上で胸をつかみ背中を丸めている。
「大丈夫かっ、おい」
ナースコールのボタンを押そうとしたところ、止められた。
「いい、から…」
「そんなこと言うなよ。痛いんだろ」
どこにそんな力があるのだろうと思うほど、強く腕を引っ張られる。
仕方なく、落ち着かせるほうに徹する。
身体を横にさせ、背中をさする。深呼吸を促した。
「大丈夫だからな。俺がいるから」
何度か深い息を繰り返し、つむっていた目を開けた。
「ありがとう」
うなずき、丸椅子に座る。
「…でもこういうときに呼ばないと、ナースコールの意味がないよ」
忠告の意を込めて言う。
きょもは「これ置いてくれる?」とギターを手渡す。そばのスタンドに立てかけた。
「なあ。わかってる?」
「だって」
意外と力強く放った。
「今日は2回発作が起きて、看護師さんに来てもらって。これ以上迷惑かけるのも嫌だし、鎮静剤入れられるのも嫌。心電図とかついてて監視されてる感あるもん」
そのすねたような口調に、微笑が漏れる。
「迷惑じゃないでしょ。当たり前のこと。みんなが、きょもの命を大事に思ってるから来てくれるの。俺もそうだし」
そっか、とつぶやいてうつむく。
少し暗くなってしまった雰囲気を変えようと、話題をそらす。
「…さっき弾き語りしてた曲ってなに?」
聴いてたんだ、と顔を上げる。
「新しく作った。ていうか弾いてたらポロッって出てきたんだよね、フレーズが。けっこういい歌でしょ?」
途端に嬉しそうになる。
「うん。綺麗なバラードだね。タイトルとかってあるの?」
きょもは考えるように、外の庭園へ視線を向ける。
思わずそれを追いかけて振り返ると、息を呑んだ。
目いっぱいに枝に花をたたえた桜の木が、そこにあった。堂々と胸を張るその姿は美しい。
「桜、すごいね」
彼の麗しい目が、少しだけ細くなって笑った。
「俺のメンバーカラーでいっぱい」
「ハハッ、じゃあ空は俺の色だね」
その瞳に涙なんか浮かばせたくない。
俺が、拭ってやるから。
もうすぐ役目を終えようとしている心臓が、止まる時まで。
続く