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Side 北斗
甲板の柵から身を乗り出し、青緑色の海を見下ろす。
やはり日本の海とは雰囲気が違うな、と思った。
見知らぬ遠い場所まで来たんだ、という実感が湧いてくる。
遠くに視線を投げれば、対岸の陸が見える。ヨーロッパだ。
がそのとき、上官の声がした。
「敵艦発見! 臨戦態勢につけ!」
ああ、このまま海に身を潜らせてしまえば何もかもが終わるのに。俺一人がいなくなっただけで。
そんなことを思いながら、甲板を走った。
すると、突然「ドーン」と大きな音が鳴り響いた。どこからなのかもわからないほど、大音量で重い音。
そして船の動きが止まった感覚がする。
「な、何だ?」
周りの隊員も動きを止め、何事かと辺りを見回す。
もしや大砲か、それか魚雷か。瞬く間にたくさんの想像が脳内を駆け巡る。
そしてそのどれもが辿り着く先は、
「終わった…」
お国のためにもなれず、撃沈されるだけ。何と悔しいことか。
次に遠くから聞こえた上官の叫び声は、
「魚雷の攻撃だ! 船が沈む、皆逃げろ!」
予感は的中していた。
でも逃げろってどこに。
後ろから先輩が走ってきて、俺に向かって言った。
「松村、海に飛び込めっ」
そうだ、国に貢献できないのなら潔く海に入ればいいんだ。
でも先輩は叫ぶ。
「後ろの軍艦が追いついてくるらしい、そうしたら綱を掴んで上がれ!」
どうやらそっちの船で任務を遂行せよということらしい。それならいいか、と少し納得した。
手すりを乗り越えようとしたが、またがったまま少し止まる。
やはり怖い。
泳げずに沈んでいくかもしれない。軍艦に辿り着けるかもわからない。
そう考えている間にも、船は傾き始めている。
でも頭を振ってその恐怖を追いやった。
俺の使命はただ一つ。闘うこと。
地中海に飛び込むと、冷たかった。白い軍服が濡れ、身体が重くなっていく。
と、また先輩の声がした。
「あっちだ! 泳げ!」
少し遠くに浮かんでいる先輩の指し示すほうを見ると、黒い大きな影が近づいてくるのがわかった。
冷たい海水でだんだん体力も奪われる中、俺は必死に腕を動かす。
まだ、こんなところで果てるわけにはいかない。
せめて日本に帰るんだ。
遠い郷里を思い出しながら、その艦船を目指す。
ふと首を回して周りを見渡すと、後をついていた同僚が波にのまれるのが見えた。
「あっ、おい!」
そっちに向かおうとするけれど、潮の流れは味方してくれない。
「こっちだ、松村!」
先輩の呼ぶ声にはっと我に返る。後続の軍艦はさらに近づいていた。
仕方ない、自分のことだけを考えるしかないんだ。
艦から垂らされたロープには、すでに下まで着いた隊員たちが殺到していた。
順番など関係なく、みんなが我先にと上がっていく。
しかし途中で力尽き、掴んでいたロープを離して落ちていく隊員もいた。
もう誰も、引き上げる余力などない。
海水で濡れた服をまとった身体は、想像以上に重かった。
それでも文字通り藁にも縋る思いで、めいっぱい腕に力を込めて這い上がる。
ああ、俺は生きたいんだ。
戦地に来て初めて、そんなことを思えた。
しかしやっと甲板に上ったが、先輩の姿はない。
「え…」
すぐに上官からの指令が聞こえてきて、反射的に身体が動く。
その場所に行っても、いなかった。
「…俺は、誰も救えなかった…」
だから、誰の命も奪いたくなんてなかった。敵すらも。
なのに俺はまだ軍艦の上に乗っていて、攻撃している。
いつまでも続きそうな状況に、あのとき海の底に沈んでしまえばよかった、なんてずっと考えてた。
そして船を移ってから3日目の朝、俺ら隊員たちは大佐の命令で集められていた。
「ドイツの臨時政府が休戦協定を結んだ。それにより、我々帝国海軍は撤退し横須賀基地に帰還する」
大佐はそう声を張り上げ、周りの隊員は喜びやら驚きやらでどよめく。
ということは、日本を含む連合国は勝ったのだ。
でも今の俺にはそんなことを喜べなかった。
荒波にのまれていった仲間たちが、脳裏に焼き付いていた。
続く