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Side 慎太郎


草を踏み分け、うっそうとした森を進む。

視界いっぱいに広がる針葉樹を見渡して、遠くまで来たんだなあと感じる。

日本の景色とはまるで違う。それが、少し寂しい。

しばらく隊列の中で歩いていると、喉が渇いてきた。シベリアだから寒いとはいえ、こんな距離を歩くと汗も出てくる。

持っていた水筒を開け、ぐいっとあおるがもう僅かしか残っていなかった。

「どうしよう…」

どこかに川でもあればいいな、と思っていると先のほうから叫ぶ声が聞こえた。

「敵陣だっ、戦闘態勢につけー!」

その声で一気に緊張感が走る。

周りの兵士は散り散りになり、みんな木々の陰に隠れる。

俺も持っていた銃に弾をすぐに装填し、地面に伏せて草に身を隠す。

文字通り息を殺している時間は、心臓がつぶれそうなほどに怖かった。

もしかしたら今後ろに敵がいて、やられるかもしれない。

少し首をもたげて周りの様子を見るが、隊員たちは身を潜めている。

恐怖の無音の時間を破ったのは、「バーン」という大きな爆発音。これはきっと銃だ。

慌てて地面に這いつくばる。

しかし、

「撃て!」

という先頭の上官の指令で動かざるをえなかった。

素早く銃を構えて立ち上がる。すると、遠くに確かに敵の軍服が見えた。

と、次の瞬間、相手のほうから連続で撃ってきた。それに無我夢中で応戦していたが。

「…うわっ」

突然、右足に衝撃が走った。よろけて体勢を崩す。

なぜかそこが熱く感じる。

その後、熱さが強烈な痛みに変わった。

「くっ…うう」

思わずうめき声が漏れて、そばにいた同じ階級の隊員が振り返る。

「森本?」

このくらいならできる、と高を括り立ち上がろうとするが、どうにも足が痛くて立てない。

そのときやっと悟った。撃たれたんだ、と。

見ると、確かに痛む場所からかなり血が出ていた。

「ああ…」

もう何もできないかもしれない。そう思うと一瞬で戦意は失せた。

と次の瞬間、バババババと連続した破裂音がして、周りの兵士がなぎ倒されていった。

ダメだ、こんなのでねじ伏せられてたら。そして辛うじて立ったものの、また弾丸の衝撃を受けて力なくその場に崩れ落ちた。



次にまぶたを開くと、白い漆喰の壁が目に飛び込んできた。

「んっ…」

首を動かし、辺りを見回す。

周りには、ベッドがたくさん置いてあって陸軍の軍服を着た男たちが横たわっていた。色んな場所に包帯を巻かれて。

だけど、確か俺はさっきまで銃を持って戦っていたはず。

「あ…」

そこで思い出した。撃たれたことを。

自分の身体を見下ろすと、右足に包帯が巻かれている。

「あっ、目覚めましたか」

女性の声がした。俺の顔をのぞきこんできたのは、白い制服の看護婦さんだ。

「……俺、生きてる…」

そうですよ、と看護婦は微笑んだ。

「ここはシベリアの帝国陸軍の野戦病院です。どうやら右足に2発の銃弾を受けたようですが、ほかに怪我はありません」

「…戻ります。たぶん仲間たちはまだ戦っているから」

いけません、と制された。

「とにかく今は、怪我を直すことが先決です。ただ……」

その次に続けられるであろう言葉が怖かった。

「足に後遺症が残る可能性があります。少し回復できるかもしれませんが」

俺は無力感にさいなまれた。

すでに軍人としての役目は終わったのかもしれない。

もういっそ、あのとき胸を撃たれていたらそれでもよかったのに、なんて考えながら目を閉じた。


そしてそのまま眠りに落ちそうなところで、

「森本」

と呼ばれる声で目を覚ました。

見ると、戦っていた隊の大尉がベッドの脇に座っていた。慌てて上体を起こす。

「具合はどうだ」

悪くないです、と答えた。「程度も軽いそうですから」

そうか、とうなずいた。しかしその表情が暗いのが気になる。

そしてひとつ深呼吸をしたあと、

「伝えねばならないことがある」

俺は何も言わず、言葉を待った。

「——森本兵長に退役を命ずる」

ひゅっと息を呑んだ。「え…」

「不本意であろうが、医師によれば足に後遺症が残るようだな。現地に残って戦うよりも、故郷に帰って静養したほうがよい。この戦いは、長くなりそうなのでな」

俺は何も反論が出てこない。上からの命令であれば、逆らうことなどできなかった。

大尉は腰を浮かして背を向けたが、足を止めた。

「ご苦労であった。帰国後の安泰を祈る」

ありがとうございました、と頭を深く下げた。


続く

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