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「ジャッカロープ?」
私が訊ねると、同じクラスのヒサギさんはこくりと頷いて、
「そう、ジャッカロープ」
とにやりと笑った。
私とヒサギさんはふたり並んで歩きながら、先程目にした角ウサギについて話をしていた。
ヒサギさんは人差し指を立てながら、
「角の生えたウサギの伝説は世界中にあるけど、今はその総称?でジャッカロープって呼んでるんだって、お父さんが言ってたんだ。その角には強い魔力が宿っていて、煎じて飲めば万能薬になるから、世界中の人たちが探し回っているらしいよ」
そこまで聞いて、私は思わず眉間に皺を寄せる。
「――魔力?」
「うん、魔力」
……
…………
………………
ヒサギさんはいったい、何を言っているんだろう。
魔力って、ファンタジー世界じゃあるまいし。
たぶん、滋養強壮に良いとか、特定の症状に効くとか、そんな漢方薬的なことだろう。
きっとヒサギさんのお父さんがヒサギさんに説明するとき、伝説的な話を含めてそう教えてあげただけに違いない。
の、だけれども。
「あと、魔法協会のお爺さんがね、もし見つけたらご褒美をくれるって、こないだ言ってたんだよねー。魔法薬の研究者に売れば結構なお金になるから、お小遣いくれるって。お母さんも昔、小学校の頃に一度だけ見たことがあるって言ってたんだけど、それがちょうどあの神社の辺りだったんだって」
それから「ぷぷっ」と噴き出すように笑い声を漏らしてから、
「これはもしかしたら、お小遣いゲットのチャンスかも……!」
にやりと口元を歪めるヒサギさんに、私は我慢することが出来なかった。
だって、だって、だって。
「魔法協会って、ヒサギさん、いったいなに言ってるの? 魔法薬の研究者?」
するとヒサギさんは「あっ」と口元に手を当てて一瞬だけ目を丸くして、けれど目玉をくるりと回して辺りを窺うような仕草をして見せてから、
「……ま、いっか。ひとりじゃ捕まえられないし」
と小さくこぼすように口にしてから、
「――いるよ、魔法薬の研究者。全国魔法遣い協会ってのがあって、ほとんどの魔法使いがそこに所属してるんだ。うちのお母さんも所属してお仕事もらってるの。ちなみにお父さんはその魔法協会の職員してるの」
「……は?」
開いた口がふさがらなかった。
ヒサギさんが、本気で言っているのか、私をからかって言っているのか、全然判らない。
そんな非現実的な話、信じられるわけがなかった。
確かに、私のクラスにはまだサンタさんの存在を信じている子もいたりする。
馬鹿馬鹿しい噂話や都市伝説めいた話を本気にして騒いでいる子もいたりする。
それと一緒なだけなんじゃないだろうか。
ご両親の嘘を信じていて、あんなことを口にしているだけなんじゃないだろうか。
……だとしたら、ここは話を合わせてあげた方が良いかも知れない。
私は現実ってものをよく理解している、と思う。
周りの子たちとは違って、私は普段から色々な本を読んで勉強している。
創作と現実の違いくらい、もうちゃんと理解しているのだ。
けど、まだ創作――夢物語を信じている子たちを真っ向から否定しようなんて私は思わない。
いずれ彼女たちも気付くはずだ。
そんなものは、存在しないんだって。
目の前に見えているものだけが、現実なんだって。
だから私は、ヒサギさんの顔を見つめながら、
「――そうなんだ、すごいね」
となるべく優しく言ってあげる。
そんな私に、けれどヒサギさんは、
「あ、ミハルちゃん、信じてないでしょ」
どこか見透かしたような視線を私に向けてくる。
「そ、そんなことないよ……」
その不思議な色――光の加減で虹色に見える瞳が私の顔を覗き込んで、なんとなく私は一歩あと退った。
するとヒサギさんは歩みを止めて、
「――実はね、私も魔法が使えるんだよ」
またしてもわけの分からない言葉を口にした。
私も立ち止まり、二、三歩後ろに立つヒサギさんに身体を向ける。
「えっ、何、言ってんの……?」
「……ホントだよ」
ヒサギさんはにやりと笑んで――その瞬間、ぶわりと彼女の周りに突風が吹き荒れた。
地面に生えた草葉が激しく揺れ、落ち葉が風に巻き上げられて渦となった。
まるで漫画やアニメで観るようなその光景に、私は思わずぽかんと口を開く。
小さな竜巻の中心にいるヒサギさんは、身体全体がうっすらと白く光っているようだった。
これが――魔法? 本当に?
「……ね?」
私は、得意げな笑みを浮かべるヒサギさんを見つめながら、今まで思っていたこと、目の前に見えているものだけが現実なんだ、というその言葉を、改めざるを得ないと思うようになっていた。