第7話「バズり夢販売戦争」/販売者:メイノ
「どうも!“夢売り配信者”のメイノでーす!」
真っ白な背景の中で、赤いジャージに濃縁メガネの青年が満面の笑みでカメラに向かって叫んだ。
その名はメイノ・タクマ(22)。
細身で目がやたらと大きく、アニメキャラのような髪型は銀に染めている。
“夢に出てきそうな顔”と評され、本人もまんざらではない。
明晰夢は、今やSNSと同じくらい身近な文化になっていた。
“誰かの夢を借りる”のは日常。
“夢を売って稼ぐ”のも当然。
高校生も大学生も、お気に入りの夢販売者をフォローし、夢ランキングをチェックしていた。
再会系、恋愛系、異世界系、癒し系、恐怖系。
バズるジャンルは移り変わるが、いま熱いのは「ネタ系」夢だった。
「今日の夢はコレ!《空飛ぶラーメン屋の主人になって、宇宙人にラーメン出す夢》!」
メイノは、夢の販売ページをスマホに表示しながら実況した。
【夢名:宇宙ラーメン伝説】/ジャンル:ギャグ/価格:100円
レビューには「バカすぎて笑った」「UFOに麺投げるシーン最高」などのコメントが並ぶ。
販売数は3日で1万DLを突破した。
でも最近、メイノはうすうす感じていた。
──自分自身、もうこの夢を“見ていない”。
登録している明晰夢の多くは、AIで編集した“合成夢”。
最初に1回だけ見た夢をテンプレ化し、音・展開・オチをカスタマイズして作られる。
そのせいで、本人の脳は夢を使いすぎて、最近はほとんど「夢を見られなくなって」いた。
「本物の夢なんて、ウケないし金にならないしなぁ……」
ぼそっとつぶやいた夜、メイノはふと思いつく。
「逆に、“リアルすぎて売れなかった夢”出してみるか」
昔、彼がまだ本気で夢を記録していた頃、ある夢があった。
雨の中、濡れた犬を抱いて走っている。
家が崩れそうで、でも誰も助けてくれない。
やっとたどり着いた先に、父親が立っていて、ただ一言「遅かったな」と言った──
それは、亡くなった父と最後に交わした言葉にそっくりだった。
翌日、メイノはその夢を編集せずにそのまま出品した。
【夢名:遅かったな】/ジャンル:記憶型/価格:1円/注目度:なし
初日は10件も売れなかった。
でも、数日後、ひとつのレビューが目に入った。
「泣きました。自分の父と似ていて。夢って、こんなに痛いんですね」
そのレビューに、何万もの“いいね”がついた。
数日後、「遅かったな」は**“感情再現型”ランキング1位**に躍り出た。
そして、DMにひとつ、静かなメッセージが届いた。
「あなたの夢で、自分の夢を初めて思い出しました。ありがとう。」
メイノはスマホを閉じて、静かに呟いた。
「……夢って、ただのネタじゃなかったんだな」
その夜、久しぶりにヘッドセットをつけた。
真っ白な夢の中、濡れた犬を抱いて走る自分の後ろから、誰かが歩いてきた。
それは、見たことのない誰か。
でも、夢の中でだけ“同じ痛みを知っている”顔だった。
《メイセキム。》注釈:
編集夢(構築型)は、販売効率は高いが“夢の深度”が浅くなります
販売者自身が夢を見られなくなる「夢枯れ」現象が報告されています
本当に心を動かす夢は、“ただ1回の本音”から生まれます