コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「告白が絶対成功するなら、そりゃ使ってみたくもなるでしょ……」
田町空(たまち・そら/高校2年生)は、部室のすみでスマホ画面を見つめながらつぶやいた。
小柄で猫背、やや伸びた前髪から覗くまなざしは優しげだが、常にどこか不安気だ。
制服のネクタイはゆるく、シャツの裾も出しっぱなし。
いわゆる“目立たない”側の生徒だった。
彼がずっと想っていた相手──それが、バドミントン部のエース、広瀬ナナ。
活発で笑顔がまぶしく、髪はポニーテール。
いつも誰かに囲まれ、まるで太陽のような存在だった。
空は、ずっと“自分とは別世界”の人だと思っていた。
そんな彼の背中を押したのが、
明晰夢サービス《メイセキム。》の人気商品だった。
【夢名:告白が成功する夢(Type-L)】/価格:1500円/時間:30分
> あなたの告白が、夢の中で必ずうまくいきます
再現精度95%、AI感情対応型
現実に踏み出す勇気を得るためのサポート夢です
レビューは「勇気が出た」「目が覚めても泣けた」などポジティブなものが多い。
でも中には、「夢と現実の温度差がキツい」と書かれた低評価もあった。
空は考えた。
──一度、夢の中でだけでも伝えられたら、それだけで十分かもしれない。
その夜、彼は自室のベッドでヘッドセットを装着した。
夢導入の静かな電子音が耳を包み、やがて視界がにじんでいく。
気づけば、彼は学校の屋上にいた。
空はほんのり赤く、風が制服の裾を揺らしている。
向かいには、ナナが立っていた。
ポニーテールが揺れて、彼女はちょっと照れた顔で言った。
「……で? 今日の話って?」
夢だとわかっていても、心臓はバクバク鳴っていた。
「……好きです。ずっと、前から」
ナナは、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、ふわっと笑った。
「……私も。ずっと気づいてたよ。ありがとう」
その言葉が、風に溶けて消える。
夢の中の空は、幸福感に満たされていた。
翌朝、目覚めた空は、ぼうっと天井を見上げた。
夢だったとわかっていても、手のひらに残る温もりのような感触が離れなかった。
「……よし。言うか」
ナナに、現実でも想いを伝えようと決めた。
その放課後。
ナナは一人で体育館の裏にいた。
空は、心臓を押さえながら声をかける。
「広瀬さん……ちょっと、いい?」
ナナが振り返る。現実の彼女は、夢よりも少し無防備で、少し疲れていて、それでもまぶしかった。
「……なに?」
空は、夢のときと同じ言葉を口にしようとした。
でも、なぜか口が動かなかった。
何度も夢で練習した言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。
ナナは、きょとんとしたまま数秒待ってから、やさしく笑った。
「……ごめん、なんか忙しくて。またね」
そして、去っていった。
その夜。
空はもう一度夢に入ろうとしたが、
【本商品は1回体験専用です】の表示が現れた。
スマホに残っていた夢履歴には、こう書かれていた。
“想いを伝えられた夢は、現実では再生できません”
《メイセキム。》注釈:
【告白が成功する夢】は、心理的ブーストを目的とした感情支援型夢です
現実での実行を保証するものではありません
現実で言葉が出なくなるケースは、「夢満足抑制反応」として研究が進められています