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◻︎月子の病
キッチンのリフォームが終わり、蕎麦打ちを一度やって釣りを教えて。光太郎は本村肇と、海山由理恵と3人で何かをするのが楽しくて仕方ないようだ。
“奥さんもどうですか?”と誘われるけど、趣味の時間くらいは夫婦別々でいいと思う。もともとアウトドア派の光太郎と、どちらかというとインドア派の私は、そんなに趣味が合わない。
趣味が合わないことは欠点ではなく、お互いが得意とすることの種類が違うので、教え合うことができて幅が広がるといういいことだと最近は思うようになった。若い頃は、なんでも一緒にやりたかったけど、結婚してから何年も経つと、自分だけの時間が欲しくなった。
「じゃ、行ってくるね!」
今日は朝早くから、本村肇と海山由理恵と海釣りに出かけた光太郎。私はのんびり積んだままになっている本を読むことにした。
明るくスッキリしたキッチンで、お気に入りのコーヒーを淹れる。好きな作家のミステリーを持って、明るい窓側のソファに座る。
___なんて贅沢なんだろう!
誰かの何かをしなければいけない、ということもなく、特に解決しなければならない問題もない。ただのんびりと、好きなことをして過ごせる時間の、なんと贅沢なことか。
「美味しい!自分で淹れても、こんなに美味しいなんて。やっぱり心に余裕があるとコーヒーの味も変わるのね」
1人きりのリビングに、独り言が響く。
ぴろぴろぴろぴろ♪
せっかくの贅沢な時間を邪魔するスマホの着信音。音を消しておくのを忘れていた。発信者の名前が画面に出ている。
【お義母さん】
___なんだろ、また月子さんがなにかしたとか?
「もしもし?」
『あ、よかった。涼子さん、今暇?』
___暇じゃないです、絶賛贅沢時間を満喫中!
とは言えず。
「暇といえば暇かな?どうかしました?」
『あのね、月子のことなんだけど』
ほらきた!
「月子さんが何か?また勝手なことをしたんですか?」
『そうじゃなくてね、お仕事を休んでるのよ』
「え?それが?」
『精神的な病でね、当分働けないらしくてその……』
お金がないと言うのだろう。
「それは大変ですね、入院とかされてるんですか?お見舞いに行かないと」
わざと話を違う方へ振る。
『入院なんてしてないのよ、家にいるみたいで。それでね、しばらく働けないからお給料がね』
「あー、すみません、ちょっと来客みたいなので、あとでこちらからかけますね、ごめんなさい」
来てもいない来客のせいにして、電話を切った。光太郎がいる時に話をしないと、私だけだとうまく話せない気がした。
___きっと借金の申し出だろう
だから、あんなにローンで買い物しちゃダメだって言ってたのに。
壁掛け時計を見た。まだ午前中10時。せっかくの釣りを邪魔したくないので、帰ってくるまで連絡はしないで待つことにした。
「やっぱり、こんなことになるんじゃないかと思ってたよ」
お義母さんからの電話を受けてから2日後、夫の実家へとやってきた。月子夫婦には知らせず、先にどういうことか調べてからにしようと光太郎が言ったからだ。
お義母さんの話はこうだった。
月子は、体調を崩して仕事に行けなくなった。なかなか治らないので精神科も受診したらメンタルが相当まいっているとか。
「つまりアレか?鬱のようなってことか?」
「ハッキリとした病名は言わないんだけどね。ちょうど更年期でもあるから、ホルモンバランスとかも関係してると思うのよ。だから、いつ治るかもわからないみたいで」
深いため息をつくお義母さん。
「あいつは、普段はとても強気だからな、折れる時は脆いんだろ」
お義父さんも口を出す。
「……で?月子は何て言ってるの?」
「今月は有給や手当でなんとかなるけど、来月からのローンの支払いができないって。で、なんとかお金を貸してくれないか?と」
思っていた通りの展開だ。光太郎を見ると、首を横に振っていた。
「は?貸すわけないだろ。この前も散々勝手なことしておいて何を言ってるんだ?月子は色々持ってるんだから、売れるものは売ってローンはそのお店と相談するしかないだろ?それとも、母さんたちが用立てるのか?」
「そうだね、月子さんの家に行ったことはないけど、あんなに良いものを買い集めてたんだから、少しは売れるんじゃないかな?」
私も光太郎の加勢をする。我が家だってそんなに余裕はないのだ、あてにされても困る。
「わしらでは、よくわからんのだ。光太郎、涼子さん、なんとか月子の力になってくれないか、頼む」
「私からもお願い、涼子さん。月子だけじゃなく家族も困ることになると思うから」
お義父さんたちにとっては、いくつになっても可愛い娘なんだろうなと思う。この前あんなめにあったのに、病気で困っていると聞けばなんとかしてあげたいのだろう。
「どうする?光太郎さん」
「一度、ちゃんと話してみないとなんとも言えないな。ハッキリしてることは、うちも父さんたちも、金銭的な余裕はないってことだ。自分たちでなんとかしてもらおう」
「そうだね、まずは何にどれくらい支払ってるのか確かめないと対策もできないね」
お義父さんたちのものを勝手に売り払ってお金を全部持っていった月子夫婦。もう関わることはないと決めていたのに、病気だと聞くと放っておくわけにもいかない。それにお義父さんたちからも頼まれたから、なんとか手助けするしかない。
光太郎が簡単に、“お金を貸す”と言い出さなくてよかったと、そこだけはホッとした。