コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2
ちびっこたちの名前は夢莉ちゃん(五歳)と翔くん(二歳)。
真帆の従兄弟である堂河内夫妻の子供であり、今日はお母さんである冴子さんと三人で、体調を崩して入院中の真帆のおばあさんのお見舞いにやってきたという。
午前中にお見舞いを済ませ、今はここで真帆を含めて四人、一息ついていたところだった。
時刻は午後0時過ぎ。そろそろお昼ご飯を食べようか、と話をしていたところに僕がやってきたのだ。
真帆は基本的に料理は苦手なので、冴子さんが代わりに台所に立ち、お昼ご飯の準備をしてくれている間、真帆と僕がちびっこ二人の遊び相手をすることになった。
ちなみに冴子さんにも、真帆は僕の事を『彼氏』ではなく『お友達』として紹介していた。
なんだかちょっと悲しい。
「ねぇ、みてみて~!」
とそんな僕の気持ちなんて解るはずもなく、翔くんは僕の膝の上に座り、腕を伸ばして新幹線のおもちゃをぶんぶん振り回す。
「あぁ、いいねぇ。これなんて名前なの?」
訊ねると、翔くんは「んー?」と可愛らしく小首を傾げた。
まぁ、こんな小さい子にそんなこと訊いた僕があほだったか。
テーブルを挟んだ向かい側には同じく真帆が夢莉ちゃんを膝の上にのせており、お絵かきをして遊んでいた。
その姿はちょっと若いお母さんのようで、こうして二人で子供の面倒を見ていると、なんだか家族団らんの時間を過ごしているような気がしてむず痒かった。
「大学はどんな感じですか?」
不意に真帆に訊ねられて、
「え? あぁ、うん。だいぶ慣れたよ」
と僕は返事した。
「あっちでの友達もできたし、独り暮らしにもようやく慣れてきたところ」
ふうんと真帆は頷き、夢莉ちゃんと一緒に色鉛筆を走らせながら、
「彼女とか作って、家に連れ込んだりしてるんじゃないですか?」
どことなく険のある言い方で僕にちらりと視線を寄越す。
「そんなことしないって。真帆がいるのに」
「あら、私はすっかり捨てられたのかと思いました」
「そんなわけないだろ」
「どうでしょう。先週まで連絡一つくれなかったじゃないですか」
「……ごめん」
――これは、かなり根に持たれている気がする。
僕が県外の大学を受験すると真帆に打ち明けた時、真帆は開口一番「それは私を捨てるということですか」と睨みつけてきた。
あの時の真帆の表情を僕は一生忘れないだろう。
今にも感情に任せて僕を魔法でどうにかしそうな勢いだったからだ。
何とか「大学を卒業したら絶対に戻ってくるから」と説き伏せたけれど、真帆は納得しかねるといった様子だった。
僕だって真帆のことが大好きだし、愛している。
けれど、僕にも大学で学びたいことがあったのだ。
高校時代の元担任で、真帆と同じく魔法使いの井口先生からも『大学でいろいろ勉強して視野を広げてこい』と背中を押されたし、それと同時に『卒業したら全国魔法遣協会の職員に推薦してやる』と言われたとあっては、頑張らないわけにもいかなかったのだ。
要は僕も、真帆と同じ魔法使いたちの世界に身を置きたかったのである。
そのことは当然真帆にも伝えたし、井口先生にも説得を手伝ってもらったけれど、この様子だと、実はまだ怒っているのかもしれない。
たぶん、一番考えられる原因はアレだと思う。
お揃いではめていたあの恋愛成就の魔法の指輪。
僕はその指輪を、『これを身に着けていたら、真帆の事を想って勉強に集中できなくなるから』と真帆に預けて県外に出ていくことにしたのだ。
あっちで失くしたら大変だし、かといって実家に置いておくのもなんだか違う気がして真帆に持っていてもらうことにしたのだけれど――それがいけなかったのだろう。
卒業式が終わった後、そのことを伝えて指輪を真帆に渡した瞬間、真帆も同じようにお揃いの指輪を外して、
「――なら、優くんが帰ってくるまで私もこれは外しておきますね。つまり、これを外すってことは、その間、私たちは恋人同士ではなくなるということです」
と半ばキレ気味にそう言った。
完全に別れを告げられたわけではないところが何とも言えなかったけれど、その所為もあって、僕は先日まで何となく連絡を取ることができなかったのだ。
会いに行こうと決めた時も、どう連絡とろうかさんざん悩んだ挙句、
『来週から夏休みだから、次の日曜日、夕方くらいに会いに行くよ』
何とかそうメールを送り、けれど返ってきたのは、
『はい』
と絵文字も何もない、ただそれだけの短い言葉だけだった。
さっきはあの頃の真帆のノリと変わらないと思ってちょっと安堵したけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。
真帆は僕の顔にちらりと視線を寄越すと、
「ま、いいですけど」
と小さく言って、再び紙面に視線を戻した。
……居づらい。微妙に居づらい。
あからさまに責めてくれた方がまだ清々しい。
何となく息苦しさを感じていると、
「ね、あっちいこ、あっち!」
と翔くんが僕の膝から飛び降り、袖を引っ張ってダイニングの外を指差した。
「え、あ、でも」
と僕はためらいながらチラチラ真帆に目を向ける。
そんな僕に今にも泣き出しそうな顔をする翔くん。
「行ってあげればいいじゃないですか。可哀そうですよ」
と真帆に言われて、
「あ、うん……」
翔くんに引っ張られるようにして、僕はダイニングをあとにした。