今日も男は市場で眼鏡をかけて事務仕事をしていた。1日中文字を追いかけていると、少し目を悪くしたらしい。
今日は珍しく鹿が入ってきたようだ。それも2頭も。この寒い季節は獣の活動も少なく、対して狩人たちも身体が冷えて動きが悪くなるのと成果が上がらないことからこういった獣がこの時期に回ってくることは少ない。
どうやら罠の類ではなく、弓矢で仕留められたようで、状態は非常によく肉も内臓も毛皮も無駄なく使えると同僚たちの話題になっている。
初夏の頃には大きな熊がまとめて30頭も持ち込まれてお祭り騒ぎとなったのは記憶に新しい。その全てが矢によるものらしいが、どうやったのかいずれも大きな孔や肉体の欠損により死に至らされていた。
男の同僚が言うところには、今回の鹿はその熊殺しのすんごいエルフによるものらしい。破壊と呼ぶような殺戮も、眉間にひと突きという芸術のような狩りもしてみせるその狩人に少し興味がわくが、それも武器を持てばの話であろうと、自分の肉体に勝るものではないとしてすぐにその興味は端に追いやられた。思考の真ん中にあるのはもちろん筋トレである。
夕方に仕事を終えた男は市場でウサギ肉を少し買い、メインストリートを歩く。
男はふと、視線を感じた。前方に佇む金髪の少女が男を見ている。この寒い季節に今日は袖があるとはいえシャツ1枚は珍しく見られることもいつもだが、少女の視線はいつものそれとは少し違うように思える。
なんとなく両手を組み力を込めたポーズをしてみる。
少し視線が強くなったかと思ったが、少女はすぐにそこにある店に入ってしまった。
たしかこの店は金物屋だったか、と剣の絵の上から鍛治の文字が書き殴られているのを見て鍛冶屋だったと思い出す。
そういえばウサギ肉を切るのに包丁がもう古く切れ味も悪いのを思い出し、せっかくなので買って帰るかと扉をくぐった。
カランカランと扉の鐘が鳴る。
「いらっしゃい」
それだけで入ってきた客の男を見ることもない。
店員のその視線は元気に話しかける緑の帽子の少女に向いているが表情があるのかわからない。
不意にその少女が振り返り、男と目がばっちりとあった。
少女は男を指差して
「あわわわわ、変態さんだーっ!」
広い店内に少女の叫びがこだました。
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