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「……今日の撮影、マネージャー同伴でお願いします。外部取材も入るので」
スタッフのその一言に、楽屋の空気がピリッと張り詰めた。
つがい化してから初の、公の現場。
スケジュール表には当たり前のように「キム・ミンジュ(マネージャー)」の名が記載されていたが、
その文字の裏にある意味を、すでに現場は知っていた。
「大丈夫か、ミンジュ」
ナムジュンが心配そうに声をかける。
「平気です。……平気じゃなくても、前に出るって決めましたから。」
ミンジュは静かに微笑んだ。
その表情に、一瞬だけジミンの目が留まった。
彼女の中にある強さと、やさしさと、そして“もう自分が入る隙のない場所”に。
⸻
撮影会場に入ると、スタッフの一人が声をかけてきた。
「……あれ、今日ってユリちゃんも入るんだっけ?」
「え? あのSubの──?」
その名前を聞いた瞬間、ミンジュの肩がわずかに反応した。
──ユリ。
かつてジョングクに執着し、彼の周囲をうろついていたBクラスのSub。
「お久しぶりですね、ミンジュさん」
姿を現したユリは、以前とは違う、計算された落ち着きで微笑んだ。
だが、その目は静かに毒を孕んでいた。
「もう“つがい”なんですよね? おめでとうございます。……本当に、“あなた”がグクの隣にふさわしいかは、置いておいて」
「その言い方、どういう──」
「ねぇ、ミンジュさん。あなた、自分が本当に“愛されてる”って思ってるの?」
その一言に、ミンジュは少しだけ目を細めた。
「あなたに言われる筋合いはないわ」
「ふふ、余裕ですね。でも、忘れないでください。つがいって、選べるものじゃない。ただの“偶然”。
本当の愛情は、そこにバースなんて関係ないのよ」
──どこかに、“ジミン”を意識したような言い方だった。
その時だった。
「……やめろよ」
静かで低い声が背後から響いた。
ジョングクがそこにいた。
「ヌナを傷つけるような言葉を吐くなら、Subだろうと関係ない。……ここから、出ていけ」
その瞳には、迷いもためらいもなかった。
ユリは言葉を失い、その場から立ち去った。
ミンジュの手を取ってジョングクが言った。
「ヌナは“ふさわしい”んじゃない。ヌナ“じゃなきゃ”ダメなんです、俺には」
ミンジュの心が、あたたかく満たされた。
⸻
撮影後、機材が片付けられる中。
ミンジュが楽屋に戻ると、ジミンがひとり、鏡前にいた。
「……終わったの?」
「うん、今戻ったとこ」
ジミンは立ち上がり、ミンジュのほうへ向き直った。
「ミンジュ」
その呼び方に、彼女は驚く。
いつも“マネージャー”としか呼ばなかった彼が、
初めて名前を呼んだ。
「……ひとつだけ、言っていい?」
「うん」
「俺さ、たぶん……ずっとミンジュのこと、好きだったんだと思う」
一瞬、静寂が落ちる。
「でも、それってDomとしてじゃなかった。
たぶん、同じ目線で、隣に立てるって思ってた。
ミンジュがどれだけ強がってるか、誰よりも近くで見てたから──
俺が“守りたい”んじゃなくて、ただ、“そばにいたい”って、思ってたんだ」
「……」
「でも、俺じゃなかった。
グクが、ミンジュの“つがい”だったんだよね」
ミンジュは、言葉が出なかった。
それでも、彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。
「ありがとう、ジミナ。気づかなくて……ごめん」
ジミンは笑った。
「謝らないで。こっちの話だから。
ミンジュが笑っててくれるなら、それでいいって、ほんとに思えるから」
そう言って彼は、すっとミンジュの頭を撫でた。
「もう、ちゃんと忘れるから。
でも……また辛くなったら、俺のとこに来いよ。
“Dom”としてじゃなく、“ジミン”として、ずっと味方だから」
⸻
その夜、ミンジュはグクの腕の中で泣いた。
ジミンに傷つけられたわけじゃない。
むしろ、彼の想いの深さに、胸を締めつけられたから。
「……グガ」
「……ヌナ?」
「私、ちゃんとあなたの“つがい”でいられてるかな」
「そんなの、当たり前でしょう」
グクは彼女の額に唇を落とす。
「誰が何と言おうと、ヌナは俺のつがい。
そして、俺の“選択”です」
その言葉が、彼女の胸を強く、あたたかく抱きしめた。