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「健一さん……どうしてそんな、怯えたような目で私を見るの?」
リビングのソファに座り、優雅に脚を組むあやめの姿は
もはや演技の域を超えていた。
彼女の指先、視線の配り方
そして相手をじわじわと追い詰める言葉の「溜め」。
それらすべてが、健一の記憶にある奈緒そのものだった。
「…や、やめてくれ。き、君も無理して演じてるんだろ…きっとグルなんだろ、奈緒と結託して俺を……っ」
「失礼ね。私はただ、あなたの第二の奥様として『当然のこと』をしているだけよ」
あやめは冷たく言い放つと、テーブルの上に置かれた蓮のタブレットを無造作に床に叩き落とした。
「……っ、何するの!それはぼくの……!」
蓮が抗議の声を上げたが、あやめはその蓮の顎を
以前の奈緒が健一にしていたのと全く同じ手つきで掬い上げた。
「蓮くん。…あなたは、少し『ナオミ』を私物化しすぎているわね。……物語の主導権を握っているのは、あなたではなく、この私。……いいえ、『私の中の彼女』よ」
あやめの瞳には、蓮が仕込んだ「報酬のための芝居」ではなく純粋な加害の愉悦が宿っていた。
彼女は健一に歩み寄り、彼のシャツのボタンを一つ、一つ、丁寧に外していく。
「健一さん。…あの日、炎の中であなたは逃げたわね。私を一人にして。…その罪、まだ償っていないでしょう?」
「…え……?」
健一の背中に冷たい汗が流れる。
そのエピソードは、健一があやめに話したことはないはずだった。
蓮も知らない炎の中の最期の会話
(なぜ……なぜ、彼女がそれを知っている……?)
あやめは、キッチンのコンロに火をつけた。
青白い炎が揺れる。
「あの日、熱かったわ。…でも、あなたの裏切りの方が、もっと熱く、痛かった。……ねえ、健一さん。もう一度、あの日の続きをしましょうか」
あやめが菜箸を火に翳し、真っ赤に熱し始めた。
その狂気的な行動に、蓮さえも顔を引き攣らせ、後ずさりした。
「……パパ、あやめさん、なんか変だよ……」
「蓮くん、静かにして。……これは、夫婦の『再会』の儀式なの」
あやめは、熱せられた鉄を健一の腕に近づける。
健一は逃げようとしたが、あやめの背後に
まるで死んだ奈緒の亡霊が立っているような錯覚に陥り、身体が硬直して動かなかった。
「ああ、健一さん。……やっぱり、この『怯えた顔』が、私への一番の供え物ね」
ジュッ、という肉が焼ける嫌な音と、健一の絶叫が夜の室内に響き渡る。
模倣者は、奈緒の「執着」を完璧にコピーした結果
その「殺意」までをも自分の血肉として取り込んでしまったのだ。
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#大人ロマンス
#サレ妻