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健一が向かいの里奈に向かってベランダで土下座を繰り返している間
私は書斎で一台のノートパソコンに向き合っていた。
画面には、健一が以前勤めていた「東和商事」の公式サイトと
その内部事情を暴露する掲示板が開かれている。
「……健一さん。いつまでそうしているの? 戻ってきなさい」
私の呼びかけに、健一は膝の汚れも払わず、這うようにして部屋へ戻ってきた。
その瞳には、もはや光の一片も宿っていない。
「……奈緒、次は何を……。俺はもう、何も持っていないんだ……」
「いいえ。あなたはまだ『情報』という武器を持っているわ。……あなたが経費を使い込んでいたとき、部長も一緒に接待と称して派手に遊んでいたわよね?」
「その時の領収書のコピー、あなたが隠し持っていた裏帳簿……すべて出しなさい」
健一は一瞬、戸惑ったような顔を見せた。
「……それをバラせば、部長だけじゃない、会社自体が調査対象になる。俺のいた部署は、みんな……っ」
「あら、仲間意識?あなたがクビになったとき、誰か一人でも助けてくれた?部長は里奈さんと結託して、あなたを笑いものにしたのよ」
私はナオミのスマホを彼の眼前に突きつけた。
画面には、ナオミのフォロワーたちからの
「東和商事の不正を暴いて!」という熱狂的なコメントが溢れている。
「……私が、あなたの無念を晴らしてあげる。……いいえ。あなたの手で、あの会社を地獄に変えるのよ」
健一の指が、震えながらも動いた。
彼は、かつて自分が会社を守るために
あるいは身を守るために隠しておいた「パンドラの箱」の在り処を、一文字ずつ打ち込んでいく。
数時間後
インフルエンサー「ナオミ」のアカウントから、衝撃的な投稿がなされた。
『大手商社・東和商事。一人の社員にすべての罪を擦り付け、組織ぐるみで行われていた経費不正の真実。…証拠は、ここにあります。』
添付されたのは、部長の署名が入った架空請求の数々。
ネットは一瞬で炎上し、深夜にも関わらず、東和商事の株価は夜間取引で暴落を始めた。
「……あ、ああ……。俺のいた場所が…壊れていく……」
健一は、画面の中で燃え上がる古巣を見て、ひきつった笑みを漏らした。
自分が一生を捧げるつもりだった場所が、自分の指先一つで崩れ去っていく快感と恐怖。
そこへ、玄関のチャイムがけたたましく鳴った。
向かいから双眼鏡で監視していた里奈が、興奮して乗り込んできたのだ。
「奈緒さん! ネット見たわよ! 部長の家、もう特定されて凸されてるじゃない! 最高、最高よ!!」
里奈は健一の肩を激しく揺さぶり、ゲラゲラと笑う。
「ねえ健一! あんた、最後にいい仕事したじゃない! これで部長も、あんたと同じゴミ箱行きね!」
私は狂喜乱舞する里奈と
呆然とする健一を見比べながら冷たく微笑んだ。
(これでいい……。健一、あなたを形作っていた『プライド』も『居場所』も、すべて私が粉々にしてあげる)
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#大人ロマンス
#サレ妻