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「どこか行きたい所はあるか?」
「……海が…………見たいです」
豪から質問された奈美は、遠くに視線を向ける。
「了解。じゃあ、出発するぞ」
カーナビで行き先をセットした後、シフトレバーをDモードにすると、豪は滑らかに車を発進させた。
車窓から吹き抜ける風が気持ちいい。
カーステレオからは、ノリのいいR&Bが流れ、ステアリングを握る豪は気分がいいのか、指先でトントンとリズムを取っている。
この三ヶ月、毎週のように二人は週末に会っているけど、もし彼女がいたとして、会わなくていいのかな? と、奈美は考えてしまった。
「最近、私と一緒に過ごして、彼女さん、豪さんに会えなくて寂しいんじゃないですか?」
豪には彼女がいる、という前提での奈美の問いに、ハンドルの上で軽く跳ねていた彼の指先が止まり、形のいい唇を引き結んだ。
サングラスに覆われた彼の眼差しが、どんな感情を映し出しているのか分からない。
豪は、前方に視線を向けたまま、ポツリと答える。
「…………俺、彼女いないよ」
「え? そうなんですか? 豪さんカッコいいし、てっきり彼女がいるかと……」
「俺は二股はしない。歳も三十二だし、それなりに恋愛経験もあると思うけど、次に彼女ができたら、俺はすごい一途になると思う。きっと溺愛しちゃうんじゃないか?」
(それなりの恋愛経験……ね……)
奈美と豪は、七つも歳が離れている。
恋愛経験値は彼の方が相当高い事に、彼女は、どこか引け目も感じていた。
(ワンナイトの経験や、セフレがいた事もあったんだろうな……)
今まで心地良く感じていた車窓からの風が、徐々に冷たくなっていく。
まるで奈美の心境のように。
どことなく虚ろな瞳の色を滲ませている彼女に、豪は気付いたのか、信号待ちの時にチラリと眼差しを向けられた。
信号が青に変わり、彼はスムーズにアクセルを踏む。
「ま、そんな事よりも、せっかく一緒にいるんだから、この時間を楽しもう」
形の綺麗な豪の唇から、白い歯が覗いた。