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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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「これ……反論としてネットに出せますか?」
榊が一花を見る。
「出せるよ。ただし、出し方は考えた方がいい」
「私、何もしてないのに……このまま本当みたいに残るのは嫌です」
自分でも、思ったよりはっきりした声が出た。
榊は小さく頷く。
「うん。俺も、その方がいいと思ってた」
新しい画面を開きながら、榊が続ける。
「でも、一花さんが普段使ってるアカウントは使わない方がいい。昔の投稿とか、友達とか、家族まで掘られる可能性があるから」
「今回の件だけを発信するアカウントを別で作ろう」
一花は静かに頷いた。
アカウント名は《桜井一花・事実確認アカウント》。
プロフィールには、必要なことだけを端的に記載する。
《現在拡散されている虚偽情報について、事実確認のために開設》
榊はさらに、別の新規アカウントを作っていく。
「こっちは検証用。俺の会社名は出さない」
「会社の名前を出した方が、信用されやすいんじゃないですか?」
「それはそうなんだけど、今はこっちがどこまで動いてるか、向こうに知られたくない」
一花が目を瞬く。
「向こう……?」
「誰が仕掛けてるのかはまだ分からない。でも、少なくとも偶然できた画像じゃない」
「だったら、こっちの手札はなるべく見せない方がいい」
一花は少し考えてから頷いた。
「……分かりました」
榊が作った検証用アカウントの名前は《画像検証用》。
個人名も会社名も出さず、投稿内容も感情を交えない形に整えていく。
「こっちは、見れば分かるようにする」
画面には、検証用の画像が順番に並べられていった。
友人のSNSにあった元写真。拡散されている偽画像。顔の位置を重ねた比較画像。
さらに、耳と髪の境目や服の不自然な箇所には印が付けられ、画像の端に残った薄いマークも拡大されている。
「これなら……分かりますね」
「だろ?」
榊は短く笑った。
一花も、自分の新しいアカウントに文章を入力していく。
《現在拡散されている風俗店勤務に関する情報は事実ではありません。掲載されている画像についても、実際の在籍写真ではないことを確認しています》
指先が、投稿ボタンの上で止まる。
ほんの数行だった。
けれど、自分について勝手に作られた嘘へ、初めて自分自身の言葉で「違う」と突きつける瞬間だった。
「……押します」
「うん」
一花はそのまま投稿する。
続けて、《画像検証用》からも検証結果が公開された。
《拡散中の画像について検証した結果、元画像とみられる写真との顔部分の一致、複数箇所に不自然な生成・加工痕、実在店舗の掲載形式との相違が確認できます》
《以上から、当該画像および在籍ページは、実際の店舗撮影・掲載物ではなく、既存写真を元に生成・加工された可能性が高いと考えられます》
投稿には、比較画像も添えられている。
しばらくすると、少しずつ反応がつき始めた。
《え、これ捏造だったの?》
《比較画像見ると普通に別物じゃん》
《被害者相手にここまでやるのやばすぎる》
《さすがにこれは酷い》
これまでとは違う言葉が、画面に並んでいく。
一花はそれを見つめながら、胸の奥に溜まっていた息を静かに吐いた。
すべてが消えたわけではない。
それでも、自分について作られた嘘を、ひとつだけでも自分の手で否定することができた。
「……よかった」
思わず零れた声に、神崎が静かに頷いた。
けれど、榊だけは画面から目を離さなかった。
「……いや」
一花が振り向く。
「え?」
榊は眉を寄せたまま、流れていく投稿を追っている。
「まだ終わってない」
「……どういうことですか?」
その時、新しい投稿がひとつ、画面の上部に表示された。
《風俗の件は捏造だったみたいだけど、この人の旦那、かなり借金あるらしい》
一花の表情が凍りつく。
続けて、またひとつ。
《放火犯と前から知り合いだったって話は? そっちは否定しないんだ》
そして、さらに――
《風俗は嘘でも、男関係が派手だったって証言は出てるみたいだね》
一つの嘘を潰したはずだった。
けれど画面の向こうではもう、次の悪意が動き始めていた。
コメント
1件
うわ……読んでいて胸が締め付けられました。一花さんがようやく自分の言葉で「違う」と発信できたのを見て、私も思わず息を止めて見守ってしまいました。榊の冷静な手順——「匿名の検証アカウント」を別に立てるとか、「相手に手の内を見せない」とか——リアルなネット対策としてすごく考えられていて、そこも印象に残りました。 でも最後の「まだ終わってない」からの新たな悪意の流れ込み……あれは読んでいて本当に辛かったです。嘘をひとつ潰しても、次の嘘がもう用意されている。その無尽蔵さが、ネットの負の側面をリアルに描いていて、一花さんの無力感が痛いほど伝わってきました。続きが気になります……。