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#追放
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夜明け前の海は、不気味なほど静かだった。
波だけが、黒い舟艇の腹を叩いている。
小舟が、列をなしてビッグス湾へ近づいていた。
舟の中には、
剣をを抱えた男たちが肩を寄せ合って座っている。
誰もが無口だった。
緊張しているのか。
祈っているのか。
あるいは――祖国へ帰ってきた実感に酔っているのか。
ぺロスは海岸線を見つめていた。
暗闇の向こうに、
かつて自分が生まれ育った国がある。
「……帰ってきたな」
誰かが小さく呟いた。
アルティメは濡れた銃布を握り直す。
「上陸後、第一班は北の街道を確保」
「第二班は村へ向かい、住民と接触」
「蜂起が始まれば、一気に内陸へ進む」
皆、成功を疑っていなかった。
アメリアは支援すると言った。
国内にも協力者がいると言われた。
ケルパ軍内部でも反乱の兆候がある。
ならば勝てる。
そう信じていた。
ぺロスは空を見上げた。
「……まだ暗いな」
「夜明け前だからな」
「いや」
アルティメは苦笑した。
「アメリアの舟艇が見えない」
その言葉に、
舟の空気がわずかに止まる。
ぺロスが即座に言った。
「直前で合流する手はずだ」
「気にするな」
そう。
気にする必要などない。
今回の作戦は、
アメリアが認めた“祖国解放”なのだから。
やがて――
前方の舟から、小さく合図灯が振られる。
上陸地点到達。
舟艇が浅瀬へ突っ込んだ。
「降りろ!」
男たちが一斉に海へ飛び込む。
膝まで沈む海水。
泥。
銃を頭上へ掲げながら浜へ走る。
その瞬間。
ぺロスは、妙な違和感を覚えた。
静かすぎる。
歓迎の灯もない。
協力者の合図もない。
ただ、波の音だけが聞こえていた。
「……おかしいな」
アルティメも周囲を見回す。
「連絡員はどうした」
返事はない。
遠くの椰子林が、
朝焼けに黒く揺れているだけだった。
その時。
――ヒュン。
乾いた矢音がした。
一人の兵士が砂浜へ倒れ込む。
「伏せろ!!」
怒号。
次の瞬間、
密林から無数の矢の雨が降った。
「敵襲ッ!!」
「革命軍だ!!」
混乱の中、
ぺロスは思わず海へ振り替える。
来るはずだった。
祖国解放を支える、
アメリアの船が。
だが――
海には何もなかった。
戦闘は開始された
その二時間前――
上陸部隊を援護するため、
別働隊を率いたオリーブは、
ビッグス湾南部の沼地へ向かっていた。
湿地帯を抜け、
革命軍の側面を崩す。
それが作戦だった。
夜明け前の霧が、視界を白く覆っている。
「急げ」
「夜が明ける前に配置につくぞ」
その時だった。
沖合から、
低く腹に響く音が鳴る。
ヒュン――。
一瞬遅れて、
水面に複数の矢が刺さる。
「――ッ!?」
泥と血が宙へ舞う。
「何!?」
「なぜ軍艦がいる!!」
軍艦から革命軍の上陸部隊が出てくる。
湿地に足を取られ、
矢の雨の餌食となる。
オリーブは咄嗟に伏せた。
悲鳴。
革命政府軍に、
これほど早く位置を察知されるはずがない。
ではなぜ。
なぜ、待ち構えたように軍艦がいる。
その答えに、
誰も辿り着けなかった。
いや――
辿り着きたくなかった。
一方。
ぺロスを浜へ残し、
アルティメ隊は予定通り内陸へ突破していた。
「急げ!」
泥だらけになりながら、
男たちは密林を駆ける。
「この先に同志の隊が待っているはずだ!」
「合流できれば勝てる!」
国内の反乱勢力。
ケルパ軍内部の協力者。
皆が立ち上がれば、
革命政府は一気に崩れる。
そう信じていた。
だが――
密林を抜けた先で、
彼らを待っていたのは。
反乱軍ではなかった。
赤い星章をつけた革命軍。
そしてその先頭に立つ、一人の男。
「……エルネスト」
アルティメが呆然と呟く。
エルネストは静かに前へ出た。
その顔に、
かつての仲間へ向ける笑みはない。
「かかれ」
短い命令だった。
次の瞬間。
革命軍歩兵が、
密集陣形のまま押し潰すように前進する。
長い槍で一人残さず殺しにかかってきた
悲鳴が上がる
逃がさない。
包囲し、
削り、
潰す。
それは戦闘というより、
殲滅だった。
「なぜだ!」
「俺たちは同じケルパ人だぞ!」
誰かが叫ぶ。
だがエルネストは止まらない。
その目は、
まるで自分自身を殺すように冷えていた。
浜辺では、
ぺロスが沖を見つめていた。
先ほどまで沖合にいた、
アメリアの輸送船団。
その影が、
ゆっくりと遠ざかっていく。
撤退。
見捨てられた。
その事実を理解した瞬間、
ぺロスは絶叫した。
「なぜだあああ!!」
声が裂ける。
「なぜ!!」
「なぜアメリアはッ!!」
返事はない。
あるのは波の音だけだった。
朝日が、
血に染まったビッグス湾を照らしていた。
戦闘は4時間足らずで終わった
ダレスは執務室を出るなり、
勢いよく扉を叩き閉めた。
鈍い音が、白亜館の廊下に響く。
「――根性なしが!」
吐き捨てるように言った。
側近たちは誰も口を開かなかった。
ビッグス湾への上陸作戦は失敗した。
亡命軍は壊滅。
アメリア軍による直接介入もない。
プレジデントは、この件から完全に手を引く判断を下していた。
「これ以上の関与は認めない」
「アメリア軍は動かさない」
若きプレジデントの顔には、
疲労が滲んでいた。
彼は理解していた。
ここで一歩踏み込めば、
それは“秘密作戦”では終わらない。
全面戦争になる。
だがダレスには、
それが臆病にしか見えなかった。
革命政権を潰す最後の機会だった。
それを、
自ら捨てたのだ。
だが――
事態は、それだけでは終わらなかった。
ヴァンガルド帝国外交官ニキータは、
驚くほど素早く動いた。
鹵獲された武器。
拿捕された舟艇。
亡命軍への訓練記録。
そして、
アメリア側関係者との接触記録。
それらの証拠が、
各国新聞社へ一斉に流された。
世界中の朝刊が、
同じ見出しを掲げる。
――アメリア、ケルパ侵攻に関与。
――亡命軍支援、発覚。
――革命転覆工作、失敗。
ジョージの政府は即座に声明を出した。
「アメリア政府は、
今回の軍事行動に直接関与していない」
だが、
それを信じる国は少なかった。
世界は見ていた。
武器も。
船も。
資金も。
あまりにもアメリア製だった。
アメリアは、
自由を掲げる超大国だった。
だが今や、
小国への秘密侵攻を失敗した国家として、
世界の嘲笑を浴びていた。
白亜館では、
プレジデントが沈黙していた。
その横でダレスだけが、
静かに怒っていた。
敗北したからではない。
――中途半端に敗北したからだ。
そして遠くモスコウビアでは、
皇帝セヴィウスが新聞を読みながら、
小さく笑っていた。
「これで世界は、
アメリアの“正義”を疑い始める」
潮風は、焼けた鉄と血の臭いを運んでいた。
浜辺には、砕けた舟が転がっている。
黒煙はなお空へ昇り、
波打ち際には動かぬ兵士たちが横たわっていた。
ビッグス湾――。
アメリアが支援した亡命軍による上陸作戦は、
完全に失敗した。
約束されていた“自由”も来なかった。
残ったのは、
湿地に沈んだ死体と、
見捨てられた兵士たちだけだった。
エルネストは、黙って浜辺を見つめていた。
その横顔には疲労が刻まれている。
何日も眠っていない目。
乾いた唇。
喘息混じりの浅い呼吸。
それでも、その瞳だけは異様に冴えていた。
「……ぺぺ、アルティメ、オリーブ」
ぽつり、と名を呼ぶ。
「みんないい奴だった」
波の音が返事のように響く。
「みんな、この国の未来を真剣に考えてたんだ」
フィデロは何も言わなかった。
エルネストは笑った。
だがその笑みは、
怒りとも諦めともつかない、
壊れかけた人間のものだった。
「……なんで俺たちが、
アメリアとヴァンガルドのために死ななきゃならねえんだ」
吐き捨てるように言う。
「答えろよ、フィデロ」
フィデロは黙ったまま葉巻を握りしめていた。
エルネストは続ける。
「最後は俺とお前が、
素手で殴り合いの殺し合いをするのか」
「ヴァンガルドの皇帝は戦争を望んでるんだろ」
「やろうぜ」
その声は静かだった。
静かすぎて、
かえって狂気じみていた。
「どうせ、アメリアがある限り、
この無間地獄からは逃げられねえ」
風が吹く。
黒煙が二人の間を流れていく。
エルネストはゆっくりと海を見た。
その瞳には、
もう“国”だけが映ってはいなかった。
もっと巨大な何か。
世界そのものへの憎悪が宿っていた。
「アメリア本土に侵攻する」
フィデロの眉がわずかに動く。
「返す刀で、
ヴァンガルドも道連れだ」
そして、
エルネストは笑った。
「それで世界革命の狼煙を上げよう」
その瞳は、
燃える浜辺の炎を映しながら、
どこか遠い地獄を見ていた。
フィデロは、
何も返せなかった。