誰もいない、真っ暗なオフィス。
カタ…カタカタ…
聞こえるのは、わたしがキーをたたく音だけ。それが余計にみじめさをあおる。
ああ、きっと今残業してるのって、わたしだけなんだろうなぁ…。
ぶるり
思わず肩を震わせて、パソコンのディスプレイから視線をはずした。
お気に入りのネコちゃんの卓上時計は、夜の八時をさしていた。
どおりで寒いはず…。
秋も終わりを感じる今日この頃。この時間になると冷えこみが厳しくなる。
でも、まだ確認しなければならないデータは、カラカラカラ…と、はるか下までスクロールできた。
「三森(みもり)ー、ちょっと悪いんだけど、このリストまとめといてくれない?」
「あたしのもー。今日ちょっと用事あってさー」
退勤時間を過ぎて、さぁ帰ろうとバッグを下げたところで、狙ったかのように同じ総務部の先輩たちに引き止められた。
「え…今からですか…?」
「いいじゃない。あんたどうせまっすぐ帰るだけなんでしょ?あたしたちはこれから大事な約束があるのよ」
「そーそー。てゆーか、もとはと言えば、あんたのドジをフォローしたせいで終わらなかった仕事なのよ。恩返ししてくれてもいいじゃない」
う…そう言われては、なにも返せない。
「だぁーいじょぶだってー。昨日だってあんなにやっかいな仕事ひとりでやっつけたじゃなーい?それにくらべたら、こんなのすぐ終わるって。新人の試練だと思ってガンバって」
「そそ、先輩からの愛のムチってやつよ」
「じゃあヨロシクねー」とくすくす笑いながら、先輩たちはさっさとオフィスから出て行った。
我関せずで次々に席を立つ他の先輩たちとは反対に、帰り支度を終えたデスクにふたたび戻るわたし。
「ラッキー。三森がもたくた残ってくれてて助かったわぁ。今日の合コン、どこだっけ?」
「十二丁目のイタリアンだよ。今日はけっこう期待できるよーっ」
そんな会話が遠のくのを聞きながら、のろのろとパソコンを起動させる。
…やるせない。
でも、呑むしかなかった。
今日もわたしはドジをした。
データを間違えて削除してしまう、という目も当てられない初歩的ミス。
それをまた最初から拾ってデータ化するのに、あのふたりに手伝ってもらった。
たしかに、わたしが悪い。
でも、
きちんと整理されないで重要データが廃棄データと一緒のフォルダに入っていれば、誰だって処分してしまうじゃない?
前にも「整理しなくていいんですか?」って聞いたのに、「後でやる」ってめんどくさがられてそれきり。結局、忘れてしまってこうなっちゃったんじゃない。悪いのは、わたしだけじゃない。
ずさんな管理をしているのが悪いのよ!
…って思っても、
それに口に出して言えないのが、わたしのダメなところ。
引っ込み思案で内気なわたしは、気の強い先輩たちに呑まれてしまって、ドジなのをいいことに都合のいいように使われる存在になっていた。
いわばイジメの対象。
今日みたいに帰り際に残業を押し付けられるなんて、よくあることだった。