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「悪かった、俺が全部悪かった! 本当に悪かった!」
俗にいう、声にならない声。息を抜くような、閉じた歯の隙間に舌を当てる『th』の音を伸ばしてから言った。ただ彼自身は息を抜けていないようだ。
怒りか、恐怖か、はたまた寒さか。その体は目視できるほどに、はっきり震えていた。声も若干こわばっており、母音では裏返っている。
「何に対して悪かったといっているの」
「全部だ。お前に暴力を振るった事含めた、今までの全部!」
かなり熱意のこもった言葉を晃一は叫ぶ。しかし、そのどれもが私のもとへは響いていなかった。私としても自分に驚いている。人とはこうも心を無くせるのか。
彼の言葉はすべて、網戸にへばる虫のように思えた。いつでも小さな力で落とすことのできる、とるに足らないものに。
「頼む、図々しいことを言っているとは自分でもわかっている! だが、やり直してはくれないか! もう二度とあんな真似はしない!」
「その言葉を信用しろと?」
「信じられなくていい。ただ聞いてほしい!」
「そう、なら信じない」
「ずっとお前のために頑張ってきたんだ、俺だって! 働いて、金稼いで!」
「私のほうがずっと稼いでいる」
「ああ。だが、この部屋の名義は安定した収入源を持った俺だ! これから先、お前の収入がどうなるかは不確定だろ?」
「そうね、私もあなたも」
「そうかもしれないが、俺には実績がある。ちゃんとした社会的な実績が!」
「傷のついていない、純な経歴ならばいいんだけど」
「俺の経歴のどこに傷がある!」
「これからつくんじゃない?」
「何を言っているんだ、お前は! 俺が居ないうちに占いにでもハマったのか?」
「お前って呼ばないで」
「ふざけんじゃないぞ! 俺がこんなに必死になっているのに、なぜ何も聞こうとしない!」
「聞いてる。そのうえで言ってる」
「話にならねえ! 俺が悪かったって! 聞いてくれって言ってるだろうが!」