熱い、苦しい、痛い、辛い。
嫌な汗がじんわり染みて、それもまた気持ちが悪くて、私は目を覚ました。はあ、はあ……と息が切れて、呼吸がままならない。落ち着かない、落ち着け、と自分に言い聞かせながら私はゆっくりと瞼を開ける。広がっているのは、見慣れた光景。そして、近くに座っていた、黄金は、私が目を覚ましたと同時に、同じくその眼を開いてルビーの瞳を私に向けた。
「えと……わーる?」
「リース」
よかった、と顔にデカデカと書いてあって、私は、何だかほっとした。安堵感で胸が一杯になって、ぽろぽろと涙が零れ出す。こんな、泣き虫じゃなかったのに、なんて思いながらも、私に駆け寄って抱きしめてくれた、リースの温もりに、身を委ねる。
あのあと、どうなったのとか、まだぼんやり年か思い出せないけれど、きっとラアル・ギフトの毒の魔法で、気を失っていたんじゃ無いかと思った。それを、誰が治癒してくれたかは分からないけれど、その人には感謝の言葉を述べなきゃ。
「もう、目を覚まさないかと……心配した」
「勝手に殺さないでよ」
「お前がいない世界で生きていくなんて出来ない」
と、リースは、さらに強く抱きしめる。
おおげさだなあ、と思いつつも、彼の真剣な思いを受け止めて、私も、彼を抱きかえした。何だか、また大変なことになっちゃっているなとは思っているし、これからどうしていこうかも迷いどころだった。
(まずは、ラアル・ギフトっていう厄介な魔道士に対しての対策と……エトワールについても調べなきゃ)
私が、硬い表情をしていることに気がついたのか、バッと顔を上げた、リースが、また顔を暗くして私を見ている。ルビーの瞳は、寂しげで、見ていて、とても辛かった。
「ど、どうしたのリース」
「いや、エトワール。これ以上無理をするな」
「無理って……してないし。その……大丈夫だから」
本当に大丈夫?
と、自問自答すれば、全然大丈夫じゃなくて、寧ろ悪化しているような気がした。
心が、既にボロボロで、ボロボロだって気づいていないフリをしているだけだと。何となく、前にもあったような、この感情、ボロボロになっても、ボロボロだって気づいたら本当に耐えきれなくなるから、傷ついていないフリをして忘れるみたいな。そんなこと。
(自己理解が出来ていないって訳じゃないんだけど、自分を押し殺しているというか)
だから、メンタルがやられるんだって、そう分かっていても、私は、知らないフリ、気づかないふりをやめられなかった。だって、そうすることで、普通でいられるって思ったから。
そう、私が取り繕えば、取り繕うほど、リースの顔が曇っていく。
心配かけたくないのに、って思っても、それが裏目に出て心配をかけてしまっている。分かっているのに。
「り……」
「エトワール、俺の事を頼ってくれ」
と、リースはもう一度私を抱きしめて、言った。悲痛な叫び。頼られないことへの苦しみ。そんな感情が流れ込んでくるようで、私も辛かった。
言えれば良いのに、何で言えないのだろうか、って自分でも分からなくなって、それが一層辛くなった。
「ごめん、リース……」
そのごめんは、何に対してのごめんだったんだろうか。頼れなくてごめん? 頼らなくてごめん? もっと違う意味で? 自分でも分からなかった。
グランツの事が解決して、一つ楽になったと思っていたのに、全然楽になれていないような気がして、身体も重かった。まだ、毒でも残っているのかと言うくらい、頭が痛い。
(グランツが助けてくれたっていうのは覚えてる……あとのことは、記憶が曖昧だなあ)
グランツが倒れた私に必死に呼びかけてきてくれたこと。そして、まわりに沢山の人がいて、その人達も私の名前を必死に呼んでいた気がするのだ。
朦朧としていたからあっているかは分からないけれど。でも、誰かが必死に私の事を治癒してくれていたのは覚えている。
「エトワール……体調は、もう大丈夫なのか?」
「うん?ああ、えっと多分。大丈夫。えっと、誰かが治癒してくれていたって言うのは分かったんだけど」
教えて? と言う風に、リースを見れば、これまでに起こったこと全てを話してくれた。
まず、倒れた私を、慌ててた様子のグランツが聖女殿に運び、ブライトがくるまで、毒の進行を止めるべく、トワイライトが魔法で治癒してくれていたとか。そして、ブライトが聖女殿について、私の毒を完全に中和してくれたらしい。少しでも遅れたら、治療が間に合っていなかったら、危なかったと。
そんなにも、ラアル・ギフトの毒の魔法は強力だったんだとあとからしった。そして、どうも空気感染する魔法みたいで、元から防御魔法を張っていないと、対処できなかったとかも聞いた。どんな魔法よ、と思ったけれど、世の中にはまだ知らない魔法があるンだと知る機会になったと思う。それが、良いのか悪いのかは分からないけれど。
それにしても、凄く厄介な魔法だと思った。じゃあ、ラヴァインは? アルベドは大丈夫だったの? と二人の顔が浮かぶ。何故、グランツが毒の魔法が効かなかったのかも、もの凄く気になるところだけど。
そう思って、リースを見れば、答えをやろうと言わんばかりに私の方を見ていた。
「グランツ・グロリアスは、そういった異常状態系の魔法は効かないらしい。まあ、彼奴のユニーク魔法が、魔法を切ることができる魔法だからな。何も可笑しい話ではないのだが……本当に、王族というのは変わった体質だな」
「グランツが特別なんじゃなくて?」
「それは、俺は、グランツ・グロリアスから話を聞いていないから分からない」
と、リースは興味なさげに言った。
まあ、グランツは未だに謎な部分が残っているけれど、それはおいおい聞けばいいし。話したくないって本人が言ったなら、諦めるけれど、今の彼なら答えてくれるような気がしたのだ。
それは良いとして、本当に変わった体質だなあと思った。魔法攻撃が効かないって言うわけじゃないけれど、ほぼ無効に等しい状態まで持って行けるんじゃ無いかと思った。だからこそ、彼が、こちら側にいてくれるのが何よりも嬉しいし、心強い。
(じゃあ、リースも何かしらの体質というか、特殊能力が?)
ラジエルダ王国の王族だけなのかも知れないが、ラスター帝国の皇太子、皇族であるリースにも何かしらの力があるのではないかと私は思った。リースは何もないという風に言うが、隠しているだけか、知らないだけかも知れないと。
攻略キャラだし、何かしらのメリットというか、特殊能力は持っていそうだけれど。
「何だ、じっと見て」
「いや、リースには、何か特殊な能力があるのかなあって思って」
「……」
「ユニーク魔法も教えてくれないじゃん」
私がそう言うと、リースは、言いにくそうに、頬をかいていた。これは、言ってくれないなと、私は察しつつもリースを見つめ続ける。
「切り札だから……言えない。こういうのは言わない方が良いだろう。グランツ・グロリアスみたいな、言った方が得みたいな能力でなければ」
「まあ、そうかもだけど。恋人の私にも教えてくれないの?」
「……うっ、そこで、それを使うのは卑怯なんじゃないか?」
と、リースは、ぎくりと肩を揺らした。
まあ、私も、こんな風に恋人権限を使うつもりはないし、言ってみただけだけど、リースが案外過剰に反応したので、さらに申し訳なくなってきた。恋人ってこういうものじゃないよね。と、自分でも分かっている。
まだ、回復して間もないから、頭が良い風にまわっていないのかも知れないと、変な理由をつけて、私は、深呼吸をする。
「ごめん、今の無しで」
「……まあ、その内、教える機会があれば、教える……つもりだ」
なんて、リースは、本当にいいにくそうに言うんだから、私はプッと笑ってしまった。そんなに深刻なのか、とも思ったけれど、リースが、尻に敷かれた恋人みたいなかおをするから笑ってしまった。彼は、たまあにそんなかおをするというか、その傷ついたような、頭が上がりません見たいなかおをするから。それで、愛おしさが増していくのかも知れないと。
好きだなあ、てそこで自覚する。
私には、この人しかいないんじゃ無いかって錯覚するぐらい。ううん、リースしかあり得なかったのだと。
ブライトでも、あの双子でも、グランツでもなくて。
「どうした?エトワール」
「ううん、何でもない。ありがとうね、リース」
素直に言えるのは、ここだけ。
あとは、私がどうにかしないといけない事だと、私は、布団の下でグッと拳を握った。誰も巻き込みたくないし、辛い思いはさせたくない。
でも、エトワールを倒すこと……とか、出来るのかな、って凄く不安で。
先行き不明の、この状況が何よりもメンタルを抉ったのだ。
「……」
「え?えっと、何、顔に何かついている?」
「いいや……また、病み上がりにこんなこと言うのは、ダメだと思っているんだが、少しでも気が晴れれば。そう思って」
と、リースは息を吐く。
ああ、何か見たことある、デジャウブだ。と感じながらも、リースの次の言葉を待った。ルビーの瞳が私を見つめ、捉え、離してくれない。
「エトワール。デートしないか」
「デート……」
「ちゃんとした、恋人同士のデート……ずっと、したいと思っていた。今度はプランを立てる。だから」
必死になって言うリースを見ていると、また頬が綻んだ。
何でそんなに必死になってくれるのか。まだ、自分に自信が無いから、私でいいのかなって思うときはあるけれど、私なんかのために必死になってくれるリースが大好きだと、私は彼の言葉を遮って言う。
確かに、やらなければいけないことは山積みで、落ち着かないけれど。
「うん、デートしよっ。すっごく楽しみ」
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