テラーノベル
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萩原なちち
「ごめん、仕事の連絡」
格好をつけて部下たちにはそう言ったけれど、半笑いのいつきくんと目が合って、口パクで「うそつけ」と返された。うわ、格好いい。いつきくんって、なんでいちいちそんなに格好いいんだろう。
『しゅうとです。だいきさんをお昼ご飯に誘おうとしたら、一日中会議だと聞きました。このままだと永遠に無視されそうで怖いです。しゅうとです……しゅうとです……』
『いや、ヒロシじゃん! なんでそんな古いネタ知ってんの?』
『僕の名前、しゅうとです』
『はい、はじめまして』
『え、そこまでリセットされます? カレンちゃんなかったことにされてません?』
何言ってるんだよ。カレンちゃんをリセットできるわけなんてないだろ。……初めてできた「女友達」だったんだから。
『今、仕事中。お前も仕事しろ』
『今、社長に買い物を頼まれて外に出てます。僕の役職って一体なんなんですか?』
知るかよ、そんなもん。思わず吹き出しそうになって、慌てて画面を閉じた。いい加減にしないと、いくら優しいいつきくんでも怒るからな。
「うんまっ、これどこのお弁当?」
「駅前に新しくできたお店のですよ! 今日は空いていたので」
「ナイスチョイスだよ、アヤネちゃん。センスいい~!」
「ありがとうございます!」
みんなの分のお弁当を買ってきてくれた部下に、「こちらこそありがとう」と頭を下げる。寒い日にこんなに美味しいものを、部屋でぬくぬく食べられるなんて、本当に幸せだ。
「あ、あと髪切ったよね? すごく似合ってる」
「うわ、だいきさんが女の子褒めてる! 珍しいですよね?」
「そんなことないよな、いつきくん?」
「うん、最近のだいきは『女の子、大丈夫』になったんだよ」
「うわあ、すごい。じゃあもっとモテちゃいますね?」
「え!? だいきが?」
いつきくん、驚きすぎでしょ。俺はこれでも「超ウルトラスーパーかっくいーマン」なんだぞ。そりゃモテるに決まってるだろ?
「そうなんですよ。……『顔だけはいいのにね』って、いつも周りの女子が言ってます」
「待って。それ、悪口じゃん」
「あ、言っちゃいけないやつでした?」
いや、いつきくん笑いすぎ。もう笑いすぎて声が出てないじゃないか。
まあ、いい。俺はいつきくんが笑ってくれるのが大好きだし。好きな人以外には性格が悪いって自覚もあるし。……顔が「かっくいー」ことだけでも誰かが気づいてくれているなら、それで生きていけるよ。
『会議、終わったよ。もう帰った?』
カレンちゃんの時とは、やっぱり気持ちが違う。一言一句に気をつけなくてもいいし、思ったことを簡単に届けられる。
これだから、男同士っていうのは楽でいいな。
『帰りにいつきさんに会って、今、一緒に居酒屋にいます。いっちゃんって呼べって、うるさいです』
「は? いっちゃんと二人きりは、まずいだろ……」
いや、待て。今そこにいるのは「カレンちゃん」じゃなくて「しゅうと」なんだから、問題ないのか? ああ、もうややこしい!
結局いっちゃんは、女の子じゃなくてもいけるのか? 可愛い子なら誰でもオッケーなのか? ……まあ、どっちにしろ俺には関係ないことだけどさ。
『一回呼んでやると満足するよ。じゃあ楽しんで。あと、明日また二人になったから。初詣のデジャヴ(笑)』
少しふざけて送ったLINEを既読無視されるのって、一番寂しいんだけど。
でも、今いっちゃんと「お楽しみ中」なら仕方ないか。まあ、しゅうと黒帯だし、何かあっても返り討ちにできるだろ。
会議室が暖かかったとはいえ、一日中の座りっぱなしは腰にくる。ゆっくり風呂に浸かって上がってみれば、やっとLINEの返信が来ていた。
『♡ ⇄ ♡ になるよう、頑張ります』
「なんっだよ、もうっ……!」
相変わらず可愛いじゃん!見た目がどうとか、性別がどうとか、全然関係ない。いっちゃんの言う通りだ。
いや、待て、冷静になれ。相手が男だったからといって、すぐに好きになるとは限らないぞ。
俺のタイプは、いつきくんやいっちゃんみたいに、俺より長身で色気のある人なんだ。そうでなきゃドキドキもしないし、「次も会いたい」なんて思わない。
……でも、しゅうとが可愛いからといって、選択肢から外れるわけでもない。
よし、気をしっかり持って、冷静にいこう。
『楽しみにしてる』
十分ほど悩んでひねりだした返答が、これだ。
前みたいに冗談で流されるかもしれないし、どこまでが本当でどこからが嘘なのか、まだ何もわからない。これも何かの「罠」かもしれない。……期待しすぎずに行こう。
♢♢♢
「おはようございます。だいきさん」
「カ……しゅうと、おはよう」
待ち合わせは水族館の前。
現れたしゅうとが、あまりにも「カレンちゃん」の面影を残したままだったから、危うく名前を呼びそうになった。なんだよ。服装だってそんなに変わらないし、結局「薄化粧でショートカットのカレンちゃん」じゃないか。
「おはようございます、だいきくん」
「……え、なんでいっちゃんがいるの?」
ひょっこり現れた長身の影に、俺は素で声を上げた。
「昨日飲みに行ったら、意外と気が合っちゃって。なので、邪魔しに来ましたぁ」
「別に邪魔じゃねぇよ。誘ったのに断ったの、いっちゃんだからね!?」
「……途中で呑ませて、酔い潰したろかな」
しゅうとが、低い声で物騒なことを呟く。
「またまたぁ、そんなこと言って。本当は、またお持ち帰りしたいんでしょ~?」
「だいきさん、助けてくださぁい」
いっちゃんに絡まれ、困り顔で俺に助けを求めてくるしゅうと。
……待て。昨日、お持ち帰りしたのか? え、いっちゃん、仕事早すぎない!?
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