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「きゅーせーしゅたちには……その龍を殺してほしいの」
シリスが私たちをこの島に招いた理由、それは暴れている龍を殺してほしいというものだった。
「龍を殺すって……シリスやミティエーリヤ様でもどうにもならないの?」
シリスの強さは前に助けてくれた時にしっかりと目に焼き付いている。少なくとも、ヒバナとシズクにも引けを取らない強さだとは思う。
それに加えて、彼女の母親である聖龍ミティエーリヤ様だっている。
恐らくまだ龍としては幼いというシリスよりもっと強い龍なのだろう。
「シリスじゃ敵わないし……おかーさんももういないの。だから、きゅーせーしゅと精霊だけが頼りなの。きゅーせーしゅと精霊の力、あの時に感じ取ったの。あの力ならきっと龍も殺すことができるの」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ミティエーリヤ様がもういないってどういうこと?」
次々と話を続けるシリスだが、その中に聞き逃せないものがあった。
嫌な予感がする。
「……言葉通りなの。おかーさんは……もう……」
俯いた彼女の表情は見えないが身体が震えていることから彼女のお母さんはきっと、もうこの世界にはいない。
だが事態はもっと悪い方向へと向かっているようだった。
「変わっちゃってたの……シリスが見たときには……」
「それってどういう……?」
1つの最悪な予想が私の脳裏に浮かんだ。
そして、それは的中してしまう。
「暴れているのは……おかーさんの身体なの……」
それから、シリスはこの島と聖龍ミティエーリヤ様に起こったことについて話し始めた。
「3年くらい前から、ここの魔泉で淀み穢れている魔素が出てくるようになったの……このままじゃ、島のみんなが邪魔になっちゃうからって……おかーさんはそれを全部自分の身体に押し込んでいたの……」
「淀んだ魔素……邪魔って……」
邪魔とはたしか、邪神の配下となった魔物のことだったはずだ。
それと淀んだ魔素に関係があるというのは驚愕の事実だった。
なら、あの淀んだ魔素の影響で黒くなった魔物は邪魔という存在だったということなのか。
……なんということだ。私たちは最近、何度も黒い魔物と戦ってきた。そんなに頻繁に現れるということは、邪神がこの地上界に干渉を強めていることにほかならない。
その事実にコウカたちも気付き始めており、顔を蒼褪めさせている。
恐らく、私もみんなと同じ顔色をしているのだろう。
「……じゃあ何よ。あなたは自分の母親を私たちに殺させようっていうの?」
震える声でヒバナがシリスに問い掛ける。
対するシリスは目を瞑って、平坦な声を発した。
「あれはおかーさんじゃないの……それに、おかーさんもきっとそれを望んでるの」
「望んでるって……そんなこと……」
「このままじゃ、ずっと守ってきた霊堂もこの島も壊すことになるの……優しいおかーさんは絶対にそんなこと望まないの……」
少女の手は固く握られており、その手からは血が滴り落ちていた。
その手をシリスの乗り物となっていた狼がそっと舐める。私には彼女が無理をしているようにしか見えなかった。
――子供が親の死を願う?
この島で出会ってからの短い間でも彼女がお母さんを慕っているのなんて十分すぎるほどに分かったじゃないか。
そんな大切な存在を自分から消し去ることなんてできるはずがない。させてはいけない。どうにかしないと。
「シリス。私たちは今まで穢れた魔素を浄化したことだってある。だから、お母さんのこともきっと――」
「……無理なの。魂まで染まり切った邪魔の身体はどうやっても、もとに戻ることはないっておかーさんが……言ってたの……女神でも無理だって、言って……」
私には救うことができない。
私の浄化の力は女神ミネティーナ様に貰った力。それで浄化できないのなら、力が劣る私でも当然不可能だ。
かといって、何とかする方法を見つけるまで放置するのも無理だ。
山の中腹には光の霊堂がある。山の中で暴れられるといずれは霊堂も破壊されてしまい、邪神の封印が緩んでしまう。
それどころかこの島から出て行ってしまうことがあれば、聖龍と呼ばれた偉大な龍が脅威となって世界を壊してしまうことになる。
――だからって、私の手で子供から親を奪えと?
いや、違う。奪うのは私じゃない。
もう多分、シリスにとって大切なお母さんはこの世界にいないんだ。
私はただ世界を救うために、シリスの願いを叶えるために邪魔となった龍を倒す。それだけなんだ。
「お姉さま~大丈夫~……?」
「うん。大丈夫だよ」
何も難しいことを考える必要はない。
1体の龍を倒して、世界中の人を助ける選択を捨てるなんて馬鹿げている。
だって私は太陽なんだから。
「絶対に止めよう。取り返しのつかないことになる前に」
「そうだね。……うん、ボクたちが頑張らないとだよね!」
やることは決まった。
相手は強大な龍だ。山の中という狭い空間での戦闘になると予想されるため、相手にとっても戦い辛いだろうがそれでも楽な戦いには決してならないはずだ。
「感謝するの、きゅーせーしゅ、精霊……どうかおかーさんを解放してこの島を救ってほしいの」
◇
「この穴の先なの」
「……本当にシリスも戦うの?」
「当たり前なの。島の危機なのに、シリスが戦わないわけにはいかないの」
彼女がそこまで言うのなら止めることはできない。
まさか聖龍ミティエーリヤ様に会いに来て戦うことになるとは思わなかったが、とうに覚悟は決めている。
「あ、あまり魔素が穢れていないね」
「それはおかーさんが抑えていたからなの。中に入るほど穢れていくから、じゅーぶんに注意するの」
淀んだ……いや、穢れた魔素が充満しているとヒバナとシズクが持つ眷属スキルの効果が大きく下がってしまうのが悩みどころだ。
中は閉鎖された空間だから、特に酷そうではある。
――いや、むしろ閉鎖されていた方が範囲も限定されるから浄化が楽なのだろうか。
「まずは私とノドカがハーモニクス状態になって、魔素を浄化しようか。そうすれば相手も弱くなって、こっちはいつも通りに戦えるようになるから」
「お姉さま~今日は歌を~封印しましょうね~」
「えっ、どうして?」
風の魔法とノドカの眷属スキルで歌って一気に浄化するつもりだったのだが、まさかのストップが掛かった。
「ん~、相手も弱くなるけど~……」
理由を聞いてみてもノドカははぐらかして教えてくれようとはしない。
それにはヒバナも「なんでなの?」と質問した。全員の視線がノドカへと集まる。
困り顔を浮かべたノドカは問い掛けてきたヒバナに手招きをして、誰にも聞かれないように彼女の耳元で話し出した。
黙って聞いていたヒバナが怪訝な顔を浮かべる。
「……ほんと?」
「嘘なんて~つきません~」
「そんなことになるって……どれだけなのよ、あの子」
「ひーちゃん、どういうこと?」
「後で教えてあげるわ、シズ」
――気になるなぁ。
でも、ノドカが使うなというほどだからよっぽどの何かがあるのかな。
まあ、ハーモニクス状態なら風の魔法だけでも十分に浄化できるだろうから、無理に歌う必要もないだろう。
その後、しばらくお互いの役割を確認し合っていると穴の奥から鼓膜を突き破るような咆哮が聞こえてきて地面が揺れる。
すぐさま話し合いに決着をつけ、全員で気を引き締め直した。
「ノドカ、いい?」
「はい~いつでも~」
「【ハーモニック・アンサンブル】――デュオ・ハーモニクス」
私とノドカがハーモニクス状態となり、私の姿が変化する。
翼を展開し、身体の調子を確かめるが……うん、問題ない。
『それでは~行きましょう~』
「みんな、行こう」
全員で頷き合い、私たちは穴の中へと足を踏み入れた。
シリスの言った通り、穴が深くなるごとに穢れた魔素の割合が増加している。
私は風に女神の力を乗せ、確実に浄化しながら進んだ。
ここで出し惜しみするわけにもいかない。相手は生半可な力で敵うような相手ではないのだ。
「もうすぐ広い空間に出る。入ったらすぐに動くよ」
私とノドカは既に空洞の中で鎮座している大きな存在を感じ取っている。
実際に目にしているわけではないのに、すごいプレッシャーを感じる。このプレッシャーは同じ龍種でも、かつて戦った水龍など遠く及ばない。
――そして今、大きな空間へと足を踏み出した。
◇◇◇
「魔素を浄化する! この空間だと大体2分くらいは持ち堪えて!」
「まずはシリスが注意を引くの!」
シリスニェークが人化を解き、15メートルクラスの大きな龍の姿へと戻る。
その直後にシリスニェークとコウカにより幾多の光弾が撃ち込まれ、空洞内が明るく照らされる。
「お、大きい……!」
「こ、これは想像以上よ……!」
そうして明らかとなったのは、対峙する邪龍の圧倒的な大きさだった。その全長は凡そ30メートルほどで、シリスニェークの約2倍の大きさを誇っていた。
だがその巨体のせいで大きな空洞内と言えど、空を飛ぶことはできない。
飛行能力を失っていることで邪龍の脅威は大きく下がる。
反対にシリスニェークは邪龍の半分の大きさの為、空間内を飛ぶ余裕があった。
彼女は翼を広げ、まずは光線を放つ。並みの魔物であれば、容易に滅することができる威力だ。
しかし邪龍はそれをものともしない。邪龍は腕を盾にして光線を受け止めたのだ。
腕の表面に僅かに傷をつけることはできたが、それだけだった。
そして邪龍はお返しとばかりに黄色の中に黒色が混じった眩い光線を放つ。
シリスニェークはすぐさま空間内を飛び回ることでそれを回避した。
光線は岩壁を削りながら逃げるシリスニェークを追っていく。その余波に巻き込まれては敵わないと待機中だったコウカたちはシリスニェークが逃げた方向とは反対側に移動していった。
「あ、あれがこっちを狙ったら逃げられる気がしないわよ」
「大丈夫だよ、ヒバナ姉様! ボクとコウカ姉様とアンヤで何とかするからさ!」
「本当に頼むわね!」
彼女たちは魔素の浄化が終わるその時まで目立たないように動き続ける。
全ての準備が整った時、一気に攻勢に出る手筈となっている。
一方、シリスニェークの方はというと飛び回って相手の死角を突くように格闘戦を仕掛けて、隙を見ては光のブレス攻撃を放ち、着実に傷を付けていった。
まともに戦うと、倍の体格差がある相手に敵わないことなど目に見えてわかる。
だからこそ、機動力という最大のアドバンテージを活かす戦いをしているのだ。
とはいえ、シリスニェークの消耗は激しい。
常に相手の攻撃に細心の注意を払いながら動かなければならないし、空間に充満している穢れた魔素はシリスニェークにとって毒だった。
魔力量も確実に削られていく上に、避けきれなかった攻撃が美しい白銀の鱗を傷付けていく。
だがいくら体が傷付こうとも、その瞳に宿る闘志は衰えることを知らない。
白銀の龍と漆黒の龍が対峙し、アメシストのような瞳と血のように赤い瞳が睨み合う。
最初に動いたのは漆黒の龍だった。
咆哮を上げたまま突撃して噛み付こうとする邪龍の攻撃をシリスニェークは横に飛ぶことで避ける。
彼女はそのまま反撃しようとしたが、直後に鋭い爪による追撃が繰り出された。
邪龍にとっては狭い空間で身体をいっぱいに動かすと必ずどこかに体が当たってしまう。だが、理性なき邪龍はそんなことを気にする素振りすら見せず、力のままに攻撃を振るってくる。
一度退きながら態勢を立て直したシリスニェークは光の魔法で攻撃を放つ。
それを目くらましのように使い、相手の死角に入り込んだシリスニェークであったが、すぐさま自分の失策を悟る。
彼女の目前には、風を切りながら迫る大きな黒い尻尾が迫っていた。
避けることができず、勢いよく壁に叩き付けられたシリスニェークに敵のブレス攻撃が迫り、今にも飲み込まんとする。
身体が動かせずに広がっていく光によって視界が染まろうとしていた時だった。
側方から飛来してきた赤と青、2本の魔法がブレスとぶつかり合い、相殺したのだ。
「お待たせ、シリス!」
そうして駆け付けたのは薄紫色の髪を靡かせ、前開けのローブを羽織った三角帽子の魔法使いだった。
「後は私たちがやるよ!」
「きゅーせーしゅ……後は……頼むの……」
目立たないように人化し、傷付いた体で横たわるとシリスニェークは意識を手放した。
その代わりに今度はコウカとダンゴ、そしてアンヤが飛び出す。
「お姉さま~歌いますね~」
「お願い!」
ノドカが眷属スキル《カンタービレ》の力で自分とユウヒの周りへと魔素を集めていく。
ユウヒは眷属スキルによる息苦しさを感じながら、自らも《クレッシェンド》と《アッチェレランド》のスキルを使い、攻撃の準備を整える。
そしてその頃、コウカたち前衛組は邪龍の注意を引き付けるために奔走していた。
「アンヤ! 私たちで相手を翻弄します!」
「……了解」
駆け寄ってくる2つの影を次の標的と定めた邪龍が巨大な爪を横なぎに振るう。
タイミングを計り、跳躍によってそれを回避したコウカが今度はその前足の上に乗り、邪龍の身体を跳ねるように駆け上がっていく。
だが邪龍が激しく体を揺すり、コウカを振るい落とそうとすると彼女は特に抵抗せずにその体から離れた。
そんな彼女を力頼りに追撃しようと牙を向けた邪龍の頭部に、突如として3メートルほどの大きな岩が飛来し、たまらず邪龍も怯んでしまっていた。
そして別方向からの攻撃に怒り心頭の様子の邪龍が岩の飛んできた方向に顔を向け、目の前にいた相手を前足で踏みつぶした。
だが、それはアンヤによって生み出された幻影だ。本物のダンゴはもう少し後方へと既に移動した後であり、そこにはいない。
手応えを感じなかった邪龍は移動するダンゴへと突撃しようとするが、突然目の前に現れた人影に動きを止めた。
反射的に瞑った瞼が刃を弾く。
「……失敗した」
目を狙ったアンヤの斬撃は防がれ、すぐさま暴れまわる邪龍から影に潜り込んで移動することで距離を離す。
どれも大したダメージではないとはいえ、ちょこまかと動き回る鬱陶しい存在に邪龍の怒りは募る。
そんな邪龍に今度はユウヒが放った魔法が襲い掛かった。1度放たれるごとに威力もその数も増加していく弾幕によって邪龍の身体は確実に傷付けられていく。
そうしてその対策として邪龍が選んだのは、地面を揺らしながら力任せに暴れまわることだった。
これが意外と効果的で、揺れの所為で動き辛くなり、狙いも定まりにくくなる。元々狭いせいで、暴れまわられると回避するのも困難だった。
そのため、間違っても押しつぶされないように距離を大きく離すしかない。
「狙いが……! この、いい加減に……!」
ユウヒも狙いが付けられず、突進を繰り返す邪龍から逃げるためにノドカを抱えながらステップを踏むようにして逃げ回る。
「お姉さま~わたくしが少しだけ~浮かせます~!」
「そっか、ありがとう、ノドカ!」
風を使って宙に浮けば揺れの影響を受けない。
前衛組は依然動けないままだが、現状一番の火力を出せるトリオ・ハーモニクス状態のユウヒだけでも攻撃できるようになれば大きく変わる。
ノドカがユウヒに覆い被さるように背中側へと移動し、彼女の身体を数十センチだけ浮かび上がらせる。
ノドカもすぐに歌を再開し、ユウヒがそれで集まってきた魔素の恩恵を受けながら2本の杖から魔法を放っていった。
『さっきのお返しよ!』
『狙いさえつけられればこっちのものだよ……!』
飽きもせずに突撃して噛み付いて来ようとする邪龍の顔面目掛けて、魔法が放たれた。
灼熱の炎が鱗を焼き、激流が巨体を削る。
どんどん威力が増していく魔法は確実に邪龍に与えるダメージを増やしていき、圧力を増した激流が体を切り裂いたことで血飛沫が宙に舞った。
「通った!」
邪龍が苦しみの声を上げ、その動きが鈍る。それをチャンスとみたユウヒが次々に魔法を放っていく。
その度に邪龍の身体には深い傷が走っていった。
だがそこで突然、邪龍が上げた咆哮が空洞内に響き渡り、反響した音によってユウヒの脳が揺さぶられたために一瞬ではあるものの怯んでしまう。
「お姉さま~!」
――咆哮が止み、慌ててユウヒが杖を構え直した時には眼前に光が広がっていた。
ノドカが風の結界で止めようとするが、受け止めきれずに1秒も経たずに突破される。
「主様!」
その時、ユウヒの身体が横合いから飛び込んできた小さい何かによって力強く押し退けられた。
それと同時に彼女に引っ付いていたノドカもブレスの射線から逃れる。
「ダンゴっ!?」
「ダンゴちゃん~!」
しかし、その代わりに射線上に取り残されることになった者がいる。
彼女たちが手を伸ばすが、あっという間に小さな影――ダンゴは光の奔流に飲み込まれてしまった。
「よくもッ!」
怒りの形相で雷光を身に纏ったコウカが邪龍の背中を駆け上がり、頭上から剣を振り下ろす。
全力で放たれた斬撃は鱗を突き破り、邪龍の肉体を切り裂いた。
ブレスの発射を既にやめていた邪龍が体を勢いよく左右に振ることでコウカを振り落とそうとするが、彼女は離れないように邪龍の頭部に剣を深く突き刺す。
そのまま剣を通して電流を放ち続けると邪龍が苦しみの声を上げた。
どんどん邪龍の動きは激しくなるが、コウカは攻撃の手を緩めない。
そして邪龍は遂に翼を広げて羽ばたいた。
体をあらゆる場所にぶつけながらも無理矢理、頭の上にいるコウカを押しつぶそうとしたのだ。
「お前があの子を……あの子は……あの子はぁッ!」
それでもコウカは離れようとはしない。今のコウカは怒りでいっぱいになり、目の前の敵を倒すことしか考えられていなかったのだ。
だが、そんな彼女を救ったのはアンヤだった。
アンヤは影を伝うことで天井まで移動するとコウカに飛び付き、その体を邪龍から引き離そうとする。
当然、今のコウカは帯電しており、その激しい電流はアンヤにも流れる。
「ぐっ……離れ、て……ぅあっ」
仕方なくアンヤは朧月を抜き、コウカの両手首を切断する。
グランツだけをその場に残し、コウカとアンヤは間一髪のところで天井との激突を回避した。
「何をっ! アイツは――」
「上っ!」
「え? あっ……」
アンヤに抱えられて落ちていく中、コウカは頭を天井にぶつけているドラゴンを見て、危うく押しつぶされるところであったと自分の失敗を悟った。
「アンヤ……でも……」
「……分かってる。けど……」
――あなたがいなくなっていいはずがない。
コウカが言わんとしていることを理解したうえで言外にアンヤはそう言っている。
コウカの目からは涙が流れていた。
何の涙なのかは本人でさえも分からない。怒りが極まったのか、ダンゴを失った悲しみなのか、自分の無力さを痛感したからなのかも。
そんな時だ。
「――ッ! アンヤっ!」
「っ……!?」
突然、コウカが肘を使って自分にしがみ付いているアンヤを突き飛ばす。
その直後、何かに打ち上げられたコウカの身体は勢いよく岩壁に叩き付けられ、砂埃が宙に舞った。
「ぐっ……あ……」
煙が晴れた時、岩壁にめり込んでいるせいで身動きの取れないコウカの視界には自身を食らおうと、口を開けながら迫ってくる邪龍の姿が映っていた。
(結局、わたしは……何がしたかったんだろう……マスター……みんな……)
コウカの頬に涙が流れ落ちた――その時だった。
彼方より銀色の影が飛来し、そこから飛び出した小さな影が大きな得物を振り上げる。
「コウカ姉様から――離れろぉぉっ!」
邪龍の頭上から振り下ろされたのは2メートルを超える巨大な鉄槌。
普通はその程度の大きさでは力一杯振りかぶったとしても30メートルの巨体をどうにかできるものでもない。
しかし鉄槌が邪龍の頭部と接触した瞬間、邪龍の身体は突然強い引力に引き寄せられたかのように、大きな衝撃とともに地面へと勢いよく叩き付けられていた。
その衝撃のせいで空洞内はたちまち土煙に覆われ、周囲の岩壁が崩れはじめる。
「うわぁぁっ!? ナイスだけど、やりすぎだって!」
「ごめーん、主様! みんなも! って落ちるぅ!?」
栗色の髪を揺らしながら、重力に引かれて落下を始めた少女の身体を傷だらけの銀龍の背中が支えた。
「ありがとう、シリスニェーク!」
「……すごかった」
シリスニェークの背中の上には既にアンヤの姿もあった。
彼女が少女を褒めると少女は嬉しそうに頬を掻いていたが、すぐに佇まいを直し、コウカへと手を差し伸べた。
「大丈夫? コウカ姉様」
「ダンゴ……本当にダンゴですか……?」
一瞬、ダンゴはキョトンとした表情を浮かべたが、すぐに胸を張って誇らしげな顔となる。
「やっぱり、背が伸びちゃったからボクだってわかんないかな? ふふん、ボク、進化したんだ!」