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「何を見ているの?」
「お姫様は、そんなに俺の行動が気になるのか?」
「聞いただけじゃない。素直に答えることも出来ないのね。アンタは」
「へいへい」
機嫌を悪くしたのか、暗闇の中照らされたその銀色の髪を翻し、部屋を出て行ってしまう主。俺は、そんな彼女を見つめるフリをして、視線を窓の外へ移した。窓の縁に腰掛け、夜風に当たりながら、夜空に浮かぶ満月を見上げる。淀みのない、曇り一つ無い空に浮かぶ満月はそれはもう綺麗だった。切り取って飾りたいぐらいには。
俺の主、エトワール・ヴィアラッテアは大層ご立腹のようで、先ほど部屋をしめる際も乱暴に閉めていった。それだけで、彼女の機嫌が悪いと分かる。まあ、誰でも分かるか、と俺はため息をついた。
手のかかるお姫様だなあ、何て彼女のことは思っている。手のかかるお姫様。俺が何故、エトワールにつかえているか、きっと彼奴らは知らないだろうな。
(……エトワールか)
昨日、ラジエルダ王国で出会った彼女もまた、エトワールだと名乗っていた。そして、俺を見るなり、嬉しそうに、泣きそうに抱き付こうとしてくるものだから焦った。俺の忠誠心が揺らげば、また俺の主であるエトワールは御乱心になる。それは、面倒くさいから避けたかった。俺は、どうにか、彼奴らの相手をして、彼女の元に戻った。それからが、本当に大変だった。洗脳は解けていないかなど、焦った様子でエトワールは俺に触れた。俺の忠誠心なんて、全く信用していないようで、彼女には何一つ俺の言葉なんて届いていなかった。自己中心てきで、それでいて、人間不信で、救いようが無いと思った。俺も、人間不審な部分はあるが、俺を救ってくれた奴がいるから、もうそれは取っ払うことが出来たのだが、彼女は違うようだった。
全てを嫌い、憎み、全てに殺意を向けている。そんな気持ちで四六時中生きていたら、いつかは、過労死してしまうだろう。だが、それぐらい彼女が、此の世界に向ける殺意というのは計り知れないのだ。
(可哀相だな、全く)
可哀相だから、彼女の元にいるわけじゃ無い。ただ、俺も俺の願いのため、俺の目的の為に彼女に付き従っているだけ。彼女は、俺を良い駒という風にしか思っていないだろう。彼女は、俺達を人間とすら思っていないのかも知れない。高くて分厚い壁をつくって、自分の中に入れない。それが、俺の主のエトワール・ヴィアラッテアだった。
「彼女怒ってましたが、良いんです?そんな態度をとって」
「人の部屋に勝手に入ってくるな。ラアル・ギフト」
「すみませんねえ。ドアが開いていたもので」
フッと不敵に微笑んだ男は、俺を値踏みするような瞳で見ると、もう一度にこりと笑った。人を、品定めして笑う癖はどうにかならないのかと、怒りが隠せなかったが、此奴を殺したところで何にもならないと、俺は顔を逸らした。
それが、面白くなかったのか、ラアル・ギフトは、俺の方に近付いてくる。
「それ以上近付いたら、テメェの首が飛ぶぞ」
「おやおや、物騒ですね。わたしの何がいけないのですか?今は、同じ仲間じゃありませんか。仲良くしましょうよ」
と、ラアル・ギフトは思ってもいない事を口にして笑う。
此の男はいつもそうだ。
むしゃくしゃして、くしゃりと髪を掴めば、ラアル・ギフトが続けて口を開く。
「洗脳が、解けかかっているのではないですか?もう一度、エトワール様に見て貰った方が良いのでは?貴方に抜けられると困るんですよ。貴方の弟君が裏切ったせいで、今のヘウンデウン教には大きな穴が空いてしまった。貴方がその穴を埋めてくれているから成り立っているんです。なので、貴方はわたしたちを裏切らないで下さいね」
「何で、上から言われなきゃいけねえんだよ」
「だって、わたしのほうが貴方よりも先にこの教団に入っていましたから」
先輩ですよ、私。と、ラアル・ギフトは笑う。そんな、はいった順番も時間もどうでもよかった。ただ、この男は、俺よりも有利に立ちたいがばかりに、揚げ足も、自分にとって都合の良いねつ造だってする。まあ、そんなの知ったこっちゃ無いし、此奴を相手にするだけ無駄だと思った。
殺そうと思えば、いつでも殺せるが、後々面倒な事になりそうなので今はしない。だが、いつかは息の根を止めてやろうと思った。
俺の為に。
「洗脳?何のことだ?俺は、元から、エトワール様につかえているが?」
「ほう、それなら良いんですけど」
と、ラアル・ギフトはその灰色の瞳を揺らして俺を見る。疑うようなその目が鬱陶しくて、俺はラアル・ギフトを睨み付ける。
「怖い怖い。だから言ったじゃ、ありませんか。わたしたちは、味方同士だと。味方同士で殺し合っても何も良いことありませんって。生産性も何もない。ねえ?」
「……気味が悪い、気色悪ぃ。今すぐ出ていけ」
ねっとりとまとわりつくような声で言うので、さらに腹が立って彼に当たらないギリギリにナイフを投げてやれば、ラアル・ギフトの笑顔がかたまった。だが、すぐに先ほどの笑みを顔に貼り付ける。この、サービスマンとも言えそうな笑顔はどうにかならないものかと。
闇魔法の家門の中でも、とくに薄汚い貴族の出身だった。周りに媚びを売り、利用できるものは利用し、そして、自分たちより下の貴族を下僕のように扱っていた。逆に、位の高い貴族にはへこへこと頭を下げて、二十面相かと言うぐらいころころとその表情を変えていた。俺は、レイ公爵家はそれをよく思わなかった。
当然だ。そんな相手によって態度を変える人間を誰が信用出来るかという話である。だが、嘘が上手い此奴らは、偽り、嘘をつき、だまし通し今の地位を確立した。
「そういえば、アルベド・レイ。貴方、ラジエルダ王国で妙な少女に会ったと言っていませんでしたか?」
「テメェには関係無いだろう」
何故、俺に関わる? それ以上、よくまわる口で喋ったら殺すぞと言う意を込めて睨めば、少しだけ静かになった。まあ、それはつかの間で、ラアル・ギフトはフッと微笑む。
「その少女との接触を、エトワール様はかなり気にしておられたんです。何故、殺さなかったのですか?彼女は、いずれわたしたちの強敵になるといっていましたが。貴方なら、排除できたでしょうに。何故?」
「だから、テメェには関係ねっつっただろ。あんまり、喋るなよ?今度は外さないからな」
「すぐに暴力に訴えかけますね。貴方のそういう所嫌いです」
「俺も、テメェが嫌いだから、相思相愛だな」
俺が、そう言ってやれば、さすがに不味いと思ったのか、ラアル・ギフトは黙り込んだ。俺のテリトリーにずかずかと入ってきた奴は容赦しない。俺が良いと言った奴しか、俺の内部には入らせない。勿論、俺の主のエトワール様も、俺が許していないから踏み込ませない。俺の心は俺のものだ。
それまで、洗脳できると思うなよ?
ラアル・ギフトは、諦めたように、はあ……と大きなため息をついた。
「貴方の機嫌を取るのも、エトワール様の機嫌を取るのも大変です。何故、わたしは貴方方の機嫌を取らないといけないのでしょうか。自分で自分の感情ぐらい処理して下さいよ。迷惑なんです」
「テメェが関わらなきゃいい話だろうが。それを、人のせいにするなよ?それに、あの方は、俺達を信用してない。テメェのその薄っぺらい笑みだって、あの方には嫌われているだろうよ。見破られてる。あのお方は誰一人として信じていない。自分自身だけを愛している」
エトワール様は、そういう人間だ。と俺がきっぱり言えば、理解できないというように、ラアル・ギフトは首を横に振った。でも、此奴は媚びを売り続けるに違いない。自分が生き残るために、それが最善手だと此奴は知っているから。
「貴方と話すのは疲れました。今日はここで失礼させて頂きます」
「へいへい、帰ってくれ、帰ってくれ」
「貴方の洗脳が解けていないのなら良いのです。それを、エトワール様は気にしておられましたし。貴方が、わたしたちの味方である限りは、わたしも貴方の味方をせざるを得ません」
味方をしているのは、味方でいる内だとそう言いたいらしい。だから、裏切ったら容赦しないと。そして、味方である限りは手を貸すと言いたいのだろう。こざかしいったら、ありゃしねえ。
ラアル・ギフトは、丁寧にお辞儀し、部屋を出ていった。ようやく煩いのがいなくなって、静寂が戻った部屋で、俺はもう一度満月に視線を戻す。まあるい月を彼奴も見ているのか、と想像すると、早くこっちもこっちでどうにかしなきゃいけないなという気持ちになる。だが、今回は簡単にいきそうにない。
こちらとて、まだ情報不足なのだ。
災厄は、終わった。だが、ヘウンデウン教はまだ動いている。何故、俺がこちら側にいるか、彼奴には理解できないだろうな。
俺は瞼を閉じ、脳裏に浮かんできたあのふわふわの銀髪の少女に微笑みかける。だが、今の俺が、彼奴を抱きしめる資格なんてないだろう。彼女を傷付けたことには変わりない。それに、俺は弟も傷付けた。
俺は、悪になると決めた。今回は悪役をかって出なければならないと思った。俺に出来ることだったから、俺の力が必要だろうから。
彼奴らにはバレていない。そして、今の俺の主であるエトワール様の機嫌を損ねさえしなければ、この作戦は成功するだろう。
俺は、洗脳されていない。
洗脳されているフリをすることで、こちら側に潜り込めているだけだ。ラヴァインが、抜けた穴を埋めるという名目でここにいるだけの数あわせの人間だ。かといって、俺の力を欲している奴は沢山いるわけで、俺の機嫌を取ろうとする輩も少なからずいる。そいつらを、俺は利用しているだけ。
利用していると思っているのは、主であるエトワール様だけじゃない。
「待っててくれよ。エトワール。俺は、俺の出来ることをして、お前を助けてやるからな」
お前の最高のパートナーとして。今は、お前の側を離れることを許して欲しい。