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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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その頃、牢から逃げ出した夢龍は、どさくさに紛れ、官庁へ潜り込んでいた。


正確には、学徒が住む母屋部分へなのだが、父の赴任と共に、やって来ている場所であり、子供の頃に住んでいた所。間取り図は、おぼろげなら頭の中にある。


目的は、むろん、パンジャに盗まれた暗行御史《アメンオサ》の証を取り戻すため。


執務を行う官庁部分に、それらを仕舞うことはないだろう。


学徒にとって、暗行御史《アメンオサ》の証は、何物にも変えがたいはず。それも、人から奪った物だ。


肌身は離さず、に、近い場所、目の届く所に置くだろう。


それがあれば、自分の行いは、すべて、正義になる。


悪の限りを尽くしている学徒のこと、そのようなものがなくとも、やりたい放題、好き放題やって来たのだから、今更ここに来てではあるが……。


何か、勝負に出たという感じがしてならない。


都へ、戻る時が近づいているのだろうか?


そして、唯一の心残りの為に、動いた。


──春香か……。


あれこれ思いを巡らせながら、夢龍は、住居部分に潜り込んでいる。


私室、または、それに近い部屋に、大切な物は隠すだろうと踏んでのこと。


そして、暗行御史《アメンオサ》役のパンジャは、どこだ。


あれは、下僕。あれに、そのまま証を持たせる事はないはずだ。


夢龍は、当たりをつけて、連なる房《へや》の一つに忍んだ。


縁側越しには、手入れの行き届いた中庭がある。


一番日の当たる場所で、主の私室には、うってつけだ。


夢龍達が、逗留していた頃、この房は、父親の私室だった。


官庁部署から、この私室に仕事を持ち込んで、どこまでも、生真面目に過ごした人だった。


壁の障子窓から差し込める日の光で、父は、ことある事に、書を紐解いていた。時には、胡座をかいて、夢龍を乗せ、朗々と、漢詩を吟じてくれたが、子供にとっては退屈この上ないものだった。


ほんのりと、衣に染み付いた煙草の匂いに、顔をしかめ、父にバレないように、 欠伸を噛みしめ……。


今は、太陽に代わり、月明かりが、差し込めて、房の内を照らしてくれていた。


豪奢な、飾り棚が設えられ、白磁の花瓶が置かれてある。


所々に、額が飾られ、なんとも、趣味の悪い房に様変わりしていた。


そして、やけに真新しい、使っているのかどうか、わからぬ文机があり、場違いとしか言えない使い込んだ文箱が置かれてあった。


……あれか?


夢龍は、迷わず、近寄り文箱の蓋を開けた。


と、同時に、学徒の声がした。


「あれ、夢龍の坊っちゃん、ここは、もう、坊っちゃんの御屋敷では、ございませんよ」


振りかえるのも馬鹿らしく思えた夢龍は、そのまま、蓋を開けたが、何も入っていない空箱だった。


嵌められたが、不思議と夢龍は、苛立つこともなく、ゆるりと、振り向き学徒を見る。


「ああ、そうか。そうだった。これは、失礼した。そういえば、学徒殿、叔父上はあれからご健勝か?」


動じることもなく、ニヤリと笑った夢龍に、学徒は、一瞬、言葉に詰まり、叔父という響きに顔を歪めた。


「はっ、あの内侍《ないじ》余計な気を回しよって!」


「ああ、甥っ子可愛さに、領議政の藩張達《パン・チョウタツ》様とも、行く末を案じておられた」


夢龍に、叔父である、京成のみならず、領議政、すなわち時の摂政の名前まで出された学徒は、ギリギリと歯軋りしそうな勢いで、睨み付けて来る。


「……都へお戻りの頃合いではないのか?」


呟く夢龍へ、学徒は更に睨む。


「学徒様、さっさと、こやつへ、罰をお与えなさいませ!」


背後から、見知った顔が現れる。


パンジャだった。


「おや、これは、暗行御史《アメンオサ》様ではありませんか?」


とぼける夢龍に、パンジャはケッと悔しげな声を上げると顔を背けた。


「さあ、牢破りに、官庁への進入だ、さっさと、捕まえなされっ!!」


自分でも驚くほど、夢龍は、腹の底から声を出していた。


助けが来るという確信がそうさせたのだ。


そして、悪は滅びるもの──。という、子供も笑うような、信念めいたものが、胸の内に生まれていた。


「誰ぞ!こやつを捕らえよ!鞭打ちの刑じゃ!!」


いきどおる学徒の声に、ドタドタと、衛兵達が集まって来た。

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