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雨上がりのよく澄んだ空の下。まだ少し空気は冷たく、急に振った雨のせいで周囲は大きな水溜まりばかりになっている。商店が多く並ぶこの通りは歩行者しか通れず、馬車は裏通しか走れないおかげで泥水を被る様な心配はせずに二人がゆっくり道を歩いている。そしてその少し後ろをララが彼らの後について行く。

「この国の主要道路は聖女・カルムの都市計画に沿って工事がなされたので、この通りみたいに、馬車と歩行者の使用する道路は完全に分かれているんですよ」

「多彩なお方だったというのは本当だったんですね」

「はい。その才能を高く評価され、治水工事の設計や建築物のデザインなど、都市計画に深く関わったそうです。この歩道の設計も行い、本来なら雨上がりに水溜まりも出来ない設計のはずなんですが……流石に、さっきの雨のすぐ後では排水し切れていないみたいですね」

——そんな話をしながら水溜りを避けて歩き進んでいたが、とうとう大きな水溜まりに二人の進路を塞がれてしまった。背の高いメンシスは少し飛び越えるみたいにして避けられたが、女性の平均身長程度しかないカーネでは頑張って飛んでも、目の前の水溜まりを飛び越えるのは無理そうである。

「手伝いますよ」と言い、メンシスがカーネの方へ手を差し伸べた。雨上がりの綺麗な青空の下だからなのか、マジックアイテムである眼鏡越しだからなのか、カーネにはやたらと彼がキラキラと輝いて見える。

「…… (うっ!)」

直視出来ずにカーネは視線を下に落としたが、水溜りに映る彼の姿さえも眩しく感じた。絶対に『愛してる』なんて言葉を聞いたせいだ。アレは所詮“聖女・カルム”に掛けられた言葉でしかないと思ってはいても、その言葉の持つ破壊力は侮れない。愛された経験が無い者にとっては、尚更に。深い愛を知っている魂と、愛を知らぬ心がその齟齬を埋めようとでもしているみたいにじわじわと言葉が染み込み、ゆるりと彼女を侵食していく。


(水溜りに映る景色って、もっとモノトーンに見えるものかと思っていたのに)


思っていた以上に鮮明に、綺麗に上空の景色とメンシスの姿が水溜りに映っている。まるでそれが最高の瞬間を切り取った一枚の絵の様で、カーネは俯いていた顔を慌てて上げた。

「どうかされましたか?」

彼女の行動を不思議に思うメンシスに対し、待たせ過ぎたかとカーネは申し訳ない気持ちになった。

「い、いえ!……えっと、では、失礼します」

差し出された両手に、おずおずとした仕草さでカーネが手を重ねる。手を握られると、温かくて大きな手に包まれて、彼女は自分の心臓までぎゅっと掴まれた気がした。


(……?慣れない外出で疲れた、かな?きっとそうだよね)


「『せぇの』で、ジャンプして下さいね」

「は、はい!」

「じゃあ、せぇの——」の声に合わせてカーネが飛ぶ。それに合わせてメンシスがカーネの体を自分の方へ軽く引っ張った。すると彼女の穿いているスカートがふわりと広がり、鈴蘭を彷彿とさせるその愛らしいシルエットにメンシスとララが歓喜し、そのせいでカーネの目の前にフラワーシャワーが溢れかえった。眼鏡越しに見たそれは所詮は幻想に過ぎず、半透明であるにも関わらず視界を奪う程に大量で驚き、「——ひゃ!」と変な声をあげながらカーネはメンシスの胸の中にまで飛び込んでしまった。

舞台のワンシーンの様な光景をララが直視出来ず、咄嗟に両手で自分の顔を覆う。でも好奇心には抗えず、ちらりと手をずらして将来的に両親となる予定である二人の初々しい接触に赤い瞳を輝かせた。

「す、すみません!勢いがつき過ぎていたみたいですね」

カーネは慌てて彼から離れようとしたが、メンシスがしっかり抱きとめていて離さない。

「ちょっと待って下さいね。足元近くに水溜りがあるので、このままそこに降りると靴が濡れますから」

「あ、そうですよね、ごめんなさい」

大人しく体を預けてくれるからか、喜びでメンシスの足が硬直する。一歩、たった一歩後ろに下がるだけでいいのに、なかなかそれが出来ない。

「……もしかして、何処か痛めましたか?」

不安そうな瞳で見上げられ、メンシスが喉を詰まらせた。このまま路地にでも連れ込み、瑞々しいその唇を貪り尽くしたい衝動が彼を襲う。

「いえ、大丈夫、です」

無理矢理口元に笑みを作り、後ろに下がって、メンシスはそっとカーネを地面に下ろした。

「貴女こそ、痛い箇所はありませんか?」

彼の気遣う声が耳に優しい。カーネが「大丈夫です」と返すと二人は並んで歩き始め、再びその後にララが続く。


「そうだ。お腹は空いていませんか?」

「まだ特には。あ、でも、シスさんが空腹なら何処かお店にでも入りますか?」

「んー。僕もそこまで減っている訳じゃないんですが……」と言い、メンシスが口元に手を運ぶ。

「——あ、そうだ!そこのお店で串に刺したお肉が売っているんです。一本買って、半分こにして食べませんか?」

「串刺しの、お肉……?」

多種多様な料理を見る機会など殆ど無かったせいか、どんな姿をした料理なのか想像出来ずにカーネの思考が停止した。

「鳥とか豚とか、鹿肉やワニなんかもあったはずです」

そのままの姿で串に刺さっている料理がカーネの頭に浮かび、眉間に皺が出来た。

「……噛めるんですか?ソレは」

彼女の想像通りの物であれば、持つ事すらも不可能そうだ。そんな物が売っているはずがないし、それっぽい店も無いというのに、なかなかに可笑しな思考からカーネは戻ってこられない。

「もちろんです。焼きたてなんかは柔らかいですしね」

食い違いが起きているとは思わぬまま、メンシスがカーネの手を引いて店のある方へ誘導する。店に近づくにつれ、美味しそうな匂いがカーネの鼻腔をくすぐり、未知への不安よりも興味の方が勝ってきた。


「好きなお肉はありますか?」

店の近くに到着し二人が手を離す。メンシスにそう訊かれても特に思い浮かばず、「何でも好きですよ」とカーネは無難に返した。ティアンからの嫌がらせでカビの生えたパンを出された事だってあるからか、『きちんとした料理』と言えるものならば何だって美味しいはずだとカーネの心が弾む。

「じゃあ無難に今回はとり串にしましょう。ぱっと行ってすぐに買って来ますから、貴女は此処でちょっと待っていてもらってもいいですか?」

「おいくらですか?」

財布代わりの小袋をカーネが開けようとすると、「僕の奢りで。誘ったのは僕ですから」と言い、美味しそうな匂いを周囲に漂わせている店にメンシスが直行してしまった。

素直に指定された場所に立ち、またもやお金を出させてしまっていいのだろうか?とカーネが心苦しい気持ちになる。するとララがカーネの肩に飛び乗って、ニコッと笑みを浮かべた。

『いいんじゃなイ?一緒に出掛けられテ、嬉しいのヨ』

どうやらララは、カーネの表情から心境を察しているみたいだ。

「……シスさんも、あまり外出の経験が無いって事?」


『それは違うわネ。こんな可愛いヒトとデートしテ、楽しくない奴なんていないって話ヨ』

「……『でーと』?」


言葉の意味がわからずカーネが困っていると、「——お待たせしました!お先にどうぞ」と言いながらメンシスが戻って来た。すっと差し出された鳥の串焼きを受け取り、カーネが礼を言う。思っていた姿とは全然違う料理であったおかげで食べやすく、大きめの肉ではあったが、一本を二人で分け合ったから量的にも丁度良かった。

「どうですか?好みに合っているといいんですが」

口元をちょっと汚しながらもカーネが「美味しいです」と素直に伝える。すると「ちょっと失礼」と言いながらメンシスがカーネの唇を指先で拭い取り、自然な流れでそれを舐めた。そのタイミングでララがカーネの耳元で『……ちなみにデートはネ、好きなヒトと二人でお出掛けをする事を指す意味の言葉ヨ』と小声で言って追い打ちをかけた。

「——っ!」

ボッ!と一気にカーネの頬が真っ赤に染まる。好意的な感情を持ってくれている事は充分過ぎる程視覚的に理解していたが、その感情が『好き』であるとは微塵も想っていなかった為動揺し、カーネが急に咳き込み始めた。

「大丈夫ですか⁉︎」

状況を完璧に理解しながら、素知らぬフリをしてメンシスがカーネの背中をさする。

「す、すみません。ちょっとむせちゃったみたいです……」と誤魔化しつつカーネが俯いてメンシス達から顔を隠す。


(……え?い、いやいやいや!ララの勘違い、だよね?)


そうは思うも一度意識してしまうと、なかなか撤回がきかない。そのせいで今まで見えていたものまでその全てに深い意味があったのでは?と無意識に探ってしまう。


ララの援護射撃の上手さを誉めてやりたい気持ちになりながら彼は、「無理しないで下さいね。お水でも飲んで」と、持ってきていた鞄から水筒を取り出して手渡し、ただただ丁寧にカーネを労り続けた。


気遣いの出来る“優しい男”の仮面を被り、執着と強い性的欲求に満ちた内心を必死に隠しながら。

ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

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