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「俺さ、プロ野球選手になるのが夢だったんだ。」
彼が言いました。
ある夕焼け、あなたは彼が乗っている車椅子を押しながらそれを聞きました。
あなたはふと、堤防下の広場で野球をしている子供たちを見ました。子供の身体では少し振りづらい、金属でできたバッドを、投げられたボールに対して目一杯振っている姿が彼と重なりました。
次にあなたは彼の後ろ姿を見て、いたたまれない気持ちになりました。彼は数年前、信号無視の車によって下半身を轢かれ、歩けない身体にされてしまったのです。
「君の意志は俺が継ぐよ。」
ある日思い返せば、恥ずかしくなるような言葉しかあなたは言えませんでした。
「お前が俺の役割をやってるんだろ?
わりぃな、俺がしくっちまったせいで。」
彼は他責という言葉を知らないと思えるほど優しい男でした。それ故に周りからも信頼され、なによりも愛される人でした。
「お前が俺の夢を叶えてくれよ。こんな身体でも思わず立ってしまうくらいの姿を見せてくれよな。」
彼の車椅子から鼻を啜るような音が聞こえました。でもあなたからは彼の顔は見えません。
泣いているのかと声をかけるのも酷だなと思い、あなたは珍しく空気を読み、何も言わずに彼の車椅子を押し続けました。
「ずりぃよ…ずりぃよ…。」
鼻を啜る音に混じり、押し殺すような声をあなたは聞き逃していました。
彼の入院している病院に着きました。
「ありがとな。お前のおかげで明日も生きられそうだ。」
彼は赤い眼を細めてあなたに言いました。
あなたは何も言わずにその場を去り、帰路につきました。