ヤドカリの殻の中。 暗闇の中で、私は膝を抱えていた。
(サクラ……あんた、また逃げてるのかい?)
おばあちゃんの声が聞こえた。
(ああもう……出たよ、おばあちゃん……ほっといてよ……)
(逃げたっていいさ。怖いもんは怖い)
(うん……)
(でもね。逃げるのはいいけど、そこで終わるのはダメよ。
ツノが折れても、心は折れるな)
(……分かってはいるけど)
(サクラ。人生に必要なのは”勇気”と”根性”と──)
(と?)
(“おじいちゃんのようにならない”という強い気持ち)
(……ふざけてる?)
(そうそう、あの人ったら今朝もね……)
(……まさか)
(“リモコンを探しながら、リモコンで頭かいてた”のよ。
未来のない男だわ)
「ぶはッ!あははははは!」
私は吹いた。腹筋をつった。ついでに涙が出た。
(なにそれ……バカすぎるでしょ……)
……でも、なぜだろう。
そのどうしようもないバカ話が、
ちょっとだけ胸をあったかくした。
(サクラ。泣いてもいい。笑ってもいい)
(でも、止まらないこと。
あんたはそういう子だったじゃないか)
「……ははっ、そうだったね、おばあちゃん……」
私は涙を拭いて、立ち上がった。
「ありがと。……もう大丈夫」
私は決意を込めて、殻の外へ出ようとした。
「よし……出るわよ!脱皮よ!」
グググッ……!
「……ん?」
殻の外に出た。
だが、腰に殻が付いたまま。
「え? ちょ、嘘でしょ? 待って?」
私は必死にもがいた。
けれど、殻はまるで私の一部になったかのように、
背中にガッチリと張り付いていた。
「……ま、マジか……」
私は月を見上げた。
おばあちゃん……これ、”根性”でどうにかなるやつ?
「……ヤドカリ系女子?背負い系女子?」
*
── 翌朝。
「起きなさい!いつまで寝てるのよ!?」
私が叫ぶと、二人が飛び起きた。
「……んん……あッ!!お姉ちゃんが復活してる」
エスト様が嬉しそうに言った。
「サクラさーんッ!!」
寝起きの辰美が叫ぶ。
二人が私の姿を見るや否や飛びついて来た。
「ちょ、やめなさいよ!」
私は照れくさくて、とっさにプイッと背を向けた。
……そして。
ゴチンッ!!
「いったぁ!?」
「硬っ!?」
二人は私の背中の”殻”に激突して跳ね返された。
「これは……そう、新しい防具……ふ……」
私は遠い目をして答えた。
まだ取れてないのだ。完全に一体化している。
「なんでもいいよーお姉ちゃんお姉ちゃん」
「サクラさん!サクラさん!」
二人は気にせず、今度は前から抱きついてくる。
「……ふふ……まったく……」
私は二人の頭を撫でながら微笑んだ。
背中はとてつもなく重いけど、心は軽い。
「……さて!と!……
借金返済のために活動開始するわよ!」
私が宣言し、バッとカッコよく振り返った──その時。
ブンッ!!!
「えっ」
背中の殻が重すぎた。
急に振り返ったせいで、強烈な遠心力が発生する。
「ちょ、止まんな──あ、あ、あああああ!?」
私の体は独楽(コマ)のように回転し、
そのまま制御不能になった。
ガシャアアアアアン!!!!!
私は回転の勢いのまま窓ガラスを突き破り、
ベランダの手すりを粉砕し、
重力に従って真っ逆さまに落下した。
眼下には、ジル自慢の美しい庭園と噴水。
「ひ、ひいいいいい!? おばあちゃあぁぁぁん!!」
ズドオオオオオオン!!!!!
……轟音が響き渡り、土煙が舞った。
*
「サクラ殿ーーーーッ!?」
「お姉ちゃん!?」
辰夫とエスト様が慌ててベランダから下を覗き込む。
そこには、粉々になった噴水の残骸と──
無傷で鎮座する、巨大な巻貝があった。
「……頑丈な殻で良かったですね」
「中身が無事ならいいよー」
すぐにジルが庭に走ってきた。
「凄い音がしたけど襲撃ですか!?」
「違うわよ!私よ!私!」
「サクラさん……!!……やっと……
やっとその美しい姿を見れました……
一部、甲殻類のままのようですが……」
そして、ジルが笑顔のまま紙をスッ……
【噴水修理費 1000万リフル】
【支払者:サクラ様】
【備考:ヤドカリによる突入事故】
「……サクラさん。サインだけ、お願いします」
「備考が恥ずかしすぎる!!」
*
私は庭から這い上がったが、全身泥だらけだ。
「サクラ殿、その殻……」
辰夫が眉間にシワ。
「……う、うるさいわね! ファッションよ!
今年のトレンドは”背負う”なのよ!」
私は強がった。
小鳥がさえずっている。私の心は泣いている。
「あ、そうだ!お姉ちゃんも出てきたし、
今日の実験は中止だね」
エスト様が言った。
「ですな」
辰夫が頷く。
「はい」
辰美も頷く。
「ん?……実験?」
私が聞くと、エスト様が得意げに説明し始めた。
「今日は【第1回チキチキ!ヤドカリお姉ちゃんを崖から海に投げ捨てたら中身が出てくるのかー!?】の実験だよ」
「うんうん」
「中身が出るか、中身が死ぬかですな」
辰夫と辰美が首を縦に振る。
「でね、でね!!明日はね!?
【第1回チキチキ!ヤドカリお姉ちゃんをドラゴン辰夫が
高度1万メートルからキリモミ回転を加えて落としたら
地盤を貫通して温泉を掘り当てる事が出来るのかー!?】
の実験予定だったんだよ」
エスト様がさらに得意げに話す。
「うんうん」
「サクラドリル☆零式ですな」
二人がまた頷く。
私は戦慄した。
コイツら、私が引きこもってる間に殺す気だったのか。
「……あ……危なかった……
おばあちゃん……ありがとう……」
額から冷ややかな汗がたれると同時に、
私はあらためておばあちゃんに感謝した。
「はいはい!そんなわけでー!?
冒険者ギルドに行って一発10億のクエストを受けるよ!」
私は手をパンパン叩く。
「ないだろそんなの」
エスト様が笑う。
「ふむ。地道に働くしかないですな」
辰夫が冷静に言う。
「やった!サクラさんと冒険!」
辰美が嬉しそうに呟く。
「ギルド!良い考えですね!
私は領主の仕事で行けませんが……」
ジルは少し寂しそうだった。
(つづく)
──【今週のおばあちゃん語録】──
『おじいちゃんは、いまリモコンを探しながらリモコンで頭かいてるわ。未来のない男よ』
解説:
かつて戦場を駆けた英雄は、今日もテレビの前で”敵”を見失っている。






