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「ああ、もう大丈夫よ。つい、昔の事を思い出して、取り乱してしまって……」
「母上?どうか、もう、お休みください。守恵子が、房《おへや》までお送りいたします」
気遣う娘、守恵子に、徳子《なりこ》は、ふるふると、首をふり、房《へや》は、嫌だと言い張った。
なんとなく、様子のおかしい、徳子に、守恵子は、言葉が出ない。代わって、守満《もりみつ》が、上野に問った。
「何か、お気に召さないことがあるのか?女房達と上手く行っていないのか?」
屋敷の女房は、最近、総代わりと言って良いほど、ガラリと、入れ替わった。
ひとつは、身重の徳子の世話人を増やす為、後は、訳のわからない縁故絡みで、送られてくる女達が多いこと──。
そして、人の入れ替わりが、激しい為に、統率がとれていないのが、現状だった。
女主《おんなあるじ》である、徳子に、楯突くような素振りを見せる者まで出てくるようになり、正直、要らぬ気遣いが、必要になっているのだろう、徳子は、自身の房《へや》が、落ち着かないのかもしれない。
上野は、自分ですら、手に終えなくなって来ているのだと、それとなく、守満に訴えた。
「はあーなんとなく、前と、違って、融通が効かないというか、私《わたくし》の話を聞かないというか、話し相手もいないに等しくて、退屈で、窮屈で、まるで、入内に備え、見張られていた頃のように、息がつまるの」
「母上が、入内?!」
皆の驚きに、徳子は、うっかり口を滑らせてしまったと、顔色が変わった。
「本当に、昔のことだから。ああ、なんで、思い出してしまったのかしら」
確かに、徳子こそ、上位も上位の、大臣家の姫君だったのだ。普通に考えると、女御として実権を握っているのが、当たり前といえば、当たり前──。
どうして、守近の元へ嫁いだのだろう?
ふと、皆、その不自然さに気がついた。
「母上?もしかして、父上に、拐われたのですか?」
「はあ?!」
守満《もりみつ》、常春《つねはる》、上野に、晴康《はるやす》が、声を挙げた。
何をまた。恋物語でもあるまいし。と、皆の心の内で、思ったが、余りにもの、守恵子の真剣さ具合に当てられ、気抜けしてしまう。
「ええ、それに近いかも」
「まあ!なんて、素敵なお話なのでしょう!」
「そうでしょ!本当に、入内などせずに、守近樣と一緒になれてよかったと思うわ!」
「だから、守恵子も、好いた殿方と一緒におなりなさい」
「はい!守恵子も、父上と母上のように、なりとうございます!」
何故に、弾けている。母と娘は。しかも、話が見えないと、守満と晴康が、常春と上野を見る。
確かに、守満が産まれる前から、兄妹《きょうだい》は、この屋敷に仕えてはいるが、それこそ、童子と女童子であった訳で、しかも、守近と徳子の、なり染めの話の頃には、まだ、ここにはいなかった。
「これは、ご本人に、お聞きするのが、宜しいかと思いますが」
上野が、こっそりと言う。常春も、頷いている。
「そうか、それなら、母上に、お聞きするのが、早いかもな。今なら、ペラペラお喋りされそうだし」
「私も、徳子樣が入内予定だったとは、初耳です」
晴康が言う。
事は、入内。候補に上がっただけで、その名は、知れ渡る。更に、入内できなかった、となれば、かなりの醜聞となり、後の代にまで、尾ひれがついた話が独り歩きするものなのだ。
皆、それを一族の恥とみなし、選ばれなかった場合は、入内したとの見せかけで、お詰め、つまり、自身が立っていたであろう位の、女御の元に仕えるという、何が何でも、宮中に登る、という辻褄合わせ的な事を、強いているのであるが……。
それからすると、徳子は、異例中の異例と言ったところだろう。
何やら、かなり訳ありのような感じがする──。