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無事にオニュクスの街へと辿り着いた私たちは予定通り、教会を訪れていた。


「それじゃあ、連邦軍から報告が上がるまで原因は分からないんですね」

「申し訳ありません。教会としても情報はできる限り集めたいのですが、軍も動いておりますので……」


魔物が大量発生しているらしいが、その原因が魔泉の乱れによるものなのかは分からない。

この国とミンネ聖教団の間にも色々とあるのだろう。私には分からないので、彼の話をそのまま受け取るしかない。




オニュクスの街にあるミンネ聖教の教会から出て、次は冒険者ギルドへと向かう。新たな情報には期待できないが、冒険者ギルドの雰囲気を見ておきたい。

そんな冒険者ギルドへと向かう道すがら、すれ違う人々の顔を見てみるとそのほとんどがどこか憂いを帯びた表情を浮かべていることに気付く。


「なんだか~空気が~重い~」

「た、たしかに……な、なんだか張り詰めてる……?」


スタンピードが起こる可能性もあるらしいから、住民たちも不安なのだろう。

――そうして彼らに気を取られながら路地の横を通った時のことだ。

路地から飛び出してきた何かが私の側方から勢いよくぶつかってきた。


「わっ」

「きゃっ」


そのぶつかってきた何かに視線を向けると、そこにいたのはとても小さな5、6歳くらいの女の子だった。

私はよろけるだけで済んだが、どうやらその子は尻もちをついて転んでしまったようだ。

女の子への敵意を露にするコウカを宥めつつ、腕に抱いていたアンヤを預けると、私は女の子の側にしゃがみ込んだ。


「ぇ……」

「ごめんね、立てる?」


私は女の子に向かって手を差し出す。

――見たところ、どこか擦りむいたりもしていないみたいだ。

女の子は涙目で私の手と顔を見比べているので、安心させるためにニッコリと笑いかけてあげた。

すると女の子が私の手を掴んでくれたため、優しく引っ張るようにして立ち上がらせてあげる。


「どこか痛い?」

「……ぅうん、大丈夫」

「そっか……強い子だね。偉いよ」


女の子の服を軽くはたいて汚れを落とす。

尻もちをついたお尻は少し痛いかもしれないが、彼女は大丈夫だと言ったのだ。そこを追求するのは野暮というものだ。


「コウカねぇ、見境なさすぎ」

「でも、あの子が……」

「ただの事故でしょ。ユウヒは何ともないんだから……」


後ろからヒバナとコウカのやり取りが聞こえてくるが、今は目の前の女の子のことだ。

こんなにも小さな子供が一人で出歩いているのはおかしいし、路地を通って出てきたのも不思議だ。

身なりは綺麗だから、貧しい家庭の子でもなさそうだった。


そして事情を聞いてみると案の定、迷子だった。

母親と出掛けていたもののはぐれてしまって、走り回っていたらしい。


「だったらお姉ちゃんたちと一緒にお母さんのこと、探そうか」

「ぇ、ぃいの……?」

「うん、絶対にお母さんを見つけてあげる。お姉ちゃんに任せて、ね?」


そう言って、手を握ってあげると女の子の顔に笑顔が咲いた。


「うん!」




その後、女の子にお母さんと一緒に周った場所を教えてもらいながらその場所を基点に探した。

そうすると探し始めてすぐ、同じく女の子を探していた母親を発見。

女の子は私の手を振りほどき、母親へと抱き着いた。

母親は無事に帰ってきた娘を叱り、抱きしめていた。

その後、私たちは彼女の母親から何度も頭を下げられ、お礼も言われた。


そうして彼女たち親子は仲良く手を繋ぎながら帰っていく。

最後に女の子の弾けるような笑顔を残して。


「ばいばい、お姉ちゃんたち!」


私は手を振ってくれる女の子に手を振り返しながら、見送る。

そして完全に見えなくなってから腕を降ろすと同時に、ダンゴとシズクが話しかけてきた。


「あの子、すごく喜んでたよ!」

「ゆ、ユウヒちゃん。何だか手慣れてたね」


手慣れていたように見えたのか。

前の世界においてもこんな経験がなかったわけではないから、そのおかげかもしれない。


さて急な問題事だったが無事に解決したし、改めて冒険者ギルドに向かうとしよう。







「へぇ、これか……」


冒険者ギルドの依頼掲示板の横に大きな張り紙があって、特別依頼として魔物討伐の募集がされていた。

スタンピードが起こらなくとも、魔物の討伐そのものは行われるそうだ。その際、冒険者たちは軍の命令の下で戦うことになるらしい。

私がこの依頼を受けるかどうかは大量発生の原因が分かり次第決めることになる。

魔素鎮めの必要がある場合は軍の命令を聞いているわけにはいかないからだ。


「ねぇ主様、魔物が増えているのは元々大きな魔泉なんでしょ? もし魔素鎮めが必要だとしても、ボクたちの力でどうにかなるのかな?」

「ダンゴ、まだ何もしていないのにそんな弱気でどうするんですか」

「だって……皆、言ってるよ」


ダンゴの言う通り、冒険者ギルドにいる冒険者たちの雰囲気は暗くはないが、どこか真剣な顔で話し合っている者たちも数多くいる。

街の住民だけではなく、冒険者たちもきっと不安なんだ。

その雰囲気にダンゴも当てられてしまったのだろうか。


「だったら……なおさら頑張らないと。助けないといけない人がたくさんいるんだ。こんなところで躓いていたら、救世主なんて到底無理だよ」


女神ミネティーナ様は救世主になるのはいつかでいいと言っていたけど、逃げていては駄目なんだ。

不安で助けを求めている人がこの街にはたくさんいるはずなのだから。

でも――。


「これは私の考えだから、情報が出揃ったらまたみんなで話し合って決めよう」


今回のことは私1人で簡単に決められないことだから、みんなが納得する選択をしよう。


「……なら結局、しばらくは情報待ちね」

「あ、だ、だったらあたし、本を買いに行きたい」


アイゼルファーの報酬も貰ったので、シズクは本を買いたくて仕方がないのだろう。

私も時間があるなら、シズクから借りた魔法に関する本を読み進めておこうかな。


「大丈夫ですよ~、ダンゴちゃん~。ほら~こっちにきて~」


まだ少し不安そうだったダンゴに向かってノドカが手を広げる。ダンゴは迷わずに彼女の腕の中に飛び込んだ。

ノドカの腕の中は柔らかいし、温かいしで心地いい。一度、その中で眠ってしまったことがあるからよく分かる。

唯一欠点があるとすれば、彼女自身が眠ってしまったら酸欠に陥ってしまう危険性があるということ。

腕の中に入るのを躊躇するようになったくらい、大きな欠点である。


こうして新たな情報が入ってくるまでの間、私たちは思い思いに羽根を伸ばすことになった。




翌日、教会のシスターさんが私たちの泊っている宿を訪ねてきて、魔物の大量発生の原因が魔泉の乱れであることが判明することとなる。

そしてその後、軍により魔物掃討作戦の決行が発表されたのだった。







明日、魔物討伐のために軍と冒険者が戦いに赴く。

そしてその作戦に参加しない私たちはこの日、軍の駐屯地を訪れていた。

彼らの作戦行動中、戦場内を勝手に歩く許可をもらうためである。

今、この駐屯地には連邦軍のとある将軍がスタンピードに対処するために赴いているらしいのだ。


私たちの中では、既に魔素鎮めに行くということが決まっている。情報が出た後、みんなで話し合ったのだ。

行きたいと思っていたのが私とコウカ。ヒバナとシズクは少し否定寄りの意見で、ノドカとダンゴはその中間くらいで別にやってもいいという意見だった。

そして最後にはコウカの熱意にヒバナとシズクが折れる形で魔素鎮めに行くことが決まった。

……できるだけやってみるが無理だと思ったら引き返すことという条件が付いたが。


「いや、冒険者とはいえ作戦に参加しない者を将軍に会わせるわけがないだろう。作戦についての話なら、冒険者ギルドを通してくれ」


見張りの兵士に話しかけても、軽くあしらわれてしまう。

だがそんなことは想定済みだ。

私には秘策がある。本当に効果があるのか半信半疑なのだが。


「なら、これを見てください」

「これは、教団の……!?」


そう、その秘策とはミンネ聖教団からもらった最上級の宗門手形だ。

世界中で多大な影響力を持つミンネ聖教団の重要人物を表すらしいが、なにぶん初めて使ったので本当に信じてもらえるのか不安でしかない。


「……おい、本物だ」

「……どうする?」

「どうするって……とりあえず隊長に任せればいいんじゃないか?」


見張りの兵士が相談を始める。

思ったよりも効果があるらしく、相談の終わった兵士がニコッと笑顔を浮かべた。


「少々お待ちください。今、代わりの者を呼んできますので」


訂正する。

結構、効果がある。


そうして待っていると、彼らよりも少し年上の兵士がやってきた。


「お前ら、いきなりなんなんだ。理由も言わずに連れてこられたが……」

「隊長、何も言わずにこれを見てください」


そう言って、私たちと一緒に待っていた兵士が私の手形を隊長という人に見せた。


「どうして俺を連れてきたんだよ……」


隊長は手形を見て目を見開いたかと思うと、頭が痛そうに手で額を抑えはじめた。


「俺たち、こんなの教本でしか見たことないんすよ」

「どうすればいいか、分かんないんですよ」

「……俺だって実物はないぞ」


隊長はため息を吐くと私を見て、ニコッと笑顔を浮かべた。


「上の者を連れて来るので、少々お待ちください」


そうして連れてこられたのは隊長よりも年上の男性だった。

彼は隊長に引き摺られるように無理矢理連れてこられている。


「なんなんだ、パオロ! 最上級手形など見間違えだ、お前が対応すればいいだろう!」

「いいから見てください部隊長。見たら文句も言えなくなります」


私の手形を見た部隊長が「将軍に確認を取ってきます」と私に笑いかけて去っていった。

もうこの手形を持っていってもいいから、一度に終わらせてほしかったのが本音だ。




そして数分後、案内として現れた別の兵士によって将軍の執務室へと連れて行ってもらえた。だが、入室できるのは私1人だけらしい。

そのためコウカたちには扉のすぐ外で待っていてもらうことになってしまった。


「こちらになります。……グラート少尉であります。お客様をご案内しました!」


兵士が扉をノックし、扉の前で大きな声を上げる。

すると扉の奥から「入りたまえ」と渋いバリトンボイスが聞こえてきた。

――何だか、すごく緊張してきた。

兵士はまたはきはきと言葉を吐き出し、扉を開けて私たちを中に迎え入れてくれた。


急ごしらえなのかどこか簡易的に見える部屋の奥に1人の男性が座っている。

白髪交じりの黒髪に立派な口髭が特徴的なこの人が将軍なのだろうか。


「は、はじめまして。私はユウヒ・アリアケといいます」

「ああ、私はエルネスト・カーロという。今回の掃討作戦の指揮を任されている者だ」


将軍が手を差し出してきたので、それを両手で受け取る。骨張っていて硬い手だった。

睨まれているわけでもないし、威圧されているわけでもないと思うのだが堂々としていてオーラのある人だ。

緊張感がすごい。


「ハハハ、そんなに緊張せずとも構いはしないさ。だが何分、ミーティングの時間が迫っているのでね、手短に用件を話してもらえると助かるよ」

「す、すみません! お忙しいところを……」


謝ろうとしたが、手短に話せと言われていたのですぐに作戦行動中に一般人である自分も行動させてもらえるように掛け合った。

緊張で頭が真っ白になりそうだが、なんとか伝えたい言葉を拾い上げて将軍へと伝えていく。


「――駄目だ。到底許容できるものではない」


だが、将軍の答えは否だった。


「どうしてですか! 私なら、大量発生を根本から断つことができます! そうすれば、街の皆も魔物に怯える必要が無くなる!」

「そんな眉唾物の話を信じろというのか、君は。我々軍人は、人々の生活を守らなければならない。今回の掃討作戦もそのためのもの。私は確かなものの中から、より多くの者を救うための選択をしなければならんのだ。そこに君のような不確定要素は必要ない!」


私と将軍の話は平行線を辿った。

私たちの力は本物なのに、将軍にそれを知ってもらう術がないからだ。

お互いの目的は同じなのに、分かってもらえない。


「……誰かのために……多くの人々を救いたいと思っているのは私だって同じです」


将軍の言っていることが正しいのは分かっている。

でも、より良い結果を示せると知っている私もここで引くわけにはいかなかった。

ここで私が折れてしまえばきっと、みんなに示すことさえできないのだ。


「……君は教団の重要人物のようだが、戦場で勝手な行動をするというのなら君の身柄を拘束させてもらう」

「なっ……」


将軍が手で合図を出すと、入口のすぐ横に立っていたグラート少尉が近付いてきた。

――まさか、本気で……!?

だがその時、扉から息を切らした兵士が部屋の中に勢いよく飛び込んできたことでグラート少尉の足が止まった。


「し、失礼します、将軍! 偵察に出ていた兵から、スタンピードに動きありとの報告が……」

「何だと!? ……現状の最終決定案で迎え撃つ。兵と冒険者にもそのように通達せよ」


部屋の中の全員がその報告に気を取られている。

今しかない。たとえ理解を得られなくとももうこの際、勝手に行動させてもらう。


「コウカ、みんな!」


報告に気を取られているグラート少尉の脇を抜け、入口から飛び込んできたコウカと合流する。

そして咄嗟に追いかけてこようとしたグラート少尉はコウカが剣を向けて押しとどめた。

他のみんなとも合流を果たした私は、扉の入口から将軍に声を届ける。


「あなたから見たら、私が……私たちがやろうとしていることは間違っているのかもしれません。でも、私はより良い未来を目指すための方法を知っている」

「君は……わかっているのか、もしも――」

「お互いにやれることをやるだけです。私たちは絶対にやり遂げます。だから、軍人の皆さんもあなたたちの守りたいと思うものを守ってください」


コウカを呼び戻し、全員で廊下を駆ける。

――追手はなかった。

だが理解してもらえたとは思えない。追いかけるだけ時間の無駄だと判断したのだろう。


窓からは敷地内を忙しく動き回る兵士たちが見える。

廊下ですれ違う兵士たちも、どうして一般人がここにいるのか疑問に思っているようだが皆忙しくてそれどころではないようだ。

特に呼び止められることはなかった。


「ごめん、将軍には理解してもらえなかった」

「ちょっと……それって大丈夫なの?」


走りながら、みんなに謝る。

少なくともヒバナ、シズクからは動揺が伝わってくる。


「て、手形も使ったよ……?」


シズクの言いたいこともわかる。最悪、ミンネ聖教団にも大きな迷惑が掛かってしまう。

でも、それでもだ。


「それでも、街の皆を救う選択なんだ。やらないと絶対に後悔する」


しばらくの間、私の耳には人が走る音と自分の息遣いだけが聞こえていた。


「……仕方ないわね。どうせやるんだったら、徹底的にやるだけよ」

「そ、そうだね。も、もうあたしたちにとってはき、決めちゃってたことだったし」


ヒバナがどこか諦めたように笑い、シズクもそれに同調する。


「もし~お尋ね者になったら~逃げちゃいましょう~」

「そうなってもみんなと一緒にいられるんだったら、ボクは平気だよ」


ノドカとダンゴも楽観的だが、前向きな姿勢を見せる。

そして最後に私の前を走っていたコウカの声が届く。


「全員、やる気十分ですね。それでこそです」


彼女は走りながら私に顔を向けた。


「絶対にやり遂げましょう。さぁ、アンヤもやる気を見せてください」


駐屯地の敷地内から外に出て、私たちは魔物の大量発生を確認したというクリュスタルス山脈へと向かった。

今、スタンピードが始まる。


七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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