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山の麓に広がる森の中からは絶え間なく魔物が現れ続けている。


「ノドカ、魔物の数が少ない場所を探して」


クリュスタルス山脈の麓まで辿り着こうとすると、溢れ出した魔物を上手く捌きながらいくしかない。

だができる限り戦闘は避けていきたいところなので、ノドカの索敵を頼りに数の少ない場所を探す。

それで見つけた場所も魔物の数がゼロではないし、戦闘の音を聞きつけて近寄ってくる魔物もいる。


「コウカ、道を切り開いて!」

「任せてください!」


足を止めたら囲まれる。なら、無理矢理にでも突破するしかない。

ここは突破力のあるコウカに先行してもらう形を取る。

前回のカーボンスパイダーとの戦いで分かったが、今のコウカが全力を出すにはすぐ側に私たちがいない方がいい。


「コウカ姉様! ボクがみんなを守るから、安心して走っていいよ!」


今回、ダンゴは私をはじめとする後衛組の少し前あたりの位置に居り、新調した盾を手にやる気十分といった様子だ。

ダンゴの盾は成人男性が持つようにデザインされているため、彼女には大変大きく取り回しづらいものとなっているがそれを力で無理矢理、運用するつもりらしい。

その分、攻撃手段は大幅に制限されてしまったが。


そんなことを考えていると、不意に視界の端に赤い光が見えた。


「シズ!」


ヒバナの声を受けたシズクの水魔法によって打ち消されたのは火の魔法だ。

赤い光が見えた方向をよく見てみると、杖を構えたゴブリンの姿が見える。


「ご、ゴブリンシャーマンもいるよ! の、ノドカちゃんは魔法を防いで!」

「はい~了解です~」


走る私たちに付いてくるために私の肩を掴んで移動しているノドカがシズクへと間延びした返事を返す。


ゴブリンシャーマン、魔法を使うゴブリンの上位種だ。

彼らには種族として何か決まった魔力属性があるわけではない。

一番厄介なのはほとんど視認できない風魔法なので、同じく風魔法を使うノドカに防御してもらうシズクの作戦は理にかなったものだろう。


「近付いてくる魔物は私とシズね?」

「うん、そう!」


これは私が変に口出ししない方がいい気がする。

それなら私は調和の魔力での支援に徹しようかと思っていると、それに気付いたシズクに注意される。


「ゆ、ユウヒちゃんは魔力を温存しておいて」


これはまだクリュスタルス山脈に辿り着くまでの前座でしかない。山脈に行けば、もっと危険な魔物も多くなる。

日に日に私の魔力は増えていっているとはいえ、魔法を使いすぎれば簡単に枯渇する。

今は余計な魔力を使うわけにはいかないか。


「うん、わかった。アンヤも待機していよう、ごめんね」


そう言葉を返して、私は腕の中のアンヤを見る。

今はアンヤの魔法を使うわけにもいかない。しばらくは私と一緒に待機していてもらう。


そうして前方を走るコウカと周りに集まる魔物を蹴散らしてくれるみんなのおかげで、あと100メートルほどでクリュスタルス山脈の麓にある森の中へ入れるという地点まで到達できた。


「主様、大きいヤツが!」


周囲に目を配っていると、ダンゴが大きな声を上げる。

前方に視線を戻すと、5メートルくらいの巨体を持つ魔物とコウカが対峙している光景が目に映った。

あの魔物はトロールだ。戦ったことはないが、知識として知っている。

Bランク相当の魔物で特徴はその巨体と強靭な肉体、それに伴った膂力だ。だがコウカにとっては軽い足止めにしかならないはずである。


そして私の予想した通り、コウカは振り下ろされるトロールの腕を自分の身を低く屈めるようにして、敵の脇下に潜り込むことで回避する。

そのまま後ろへと回り込んだコウカは緩慢な動きで振り返ろうとするトロールのアキレス腱を自らの剣で強く叩き切った。

足に体重を掛けられなくなったトロールの体が傾き始めるが、強靭なトロールの骨格に叩きつけられたことでコウカの剣も限界を迎えたようだ。

大きな音を立てて倒れ込んだトロールを前にして、コウカが苦い顔をする。


「コウカ、次の剣があるでしょ!」

「すみません、また壊してしまいました!」


厳しい戦いになることを予想して、コウカには剣を何本も買い与えていた。

違う剣を何本も与えるのは良くないと分かっているが、なかなかコウカの力に耐えられる剣がないので仕方なくそうしている。

倒れたトロールの体に飛び乗ったコウカが、新しく取り出した剣でトロールの心臓を一突きする。

トロールはしばらくじたばたと暴れまわっていたが、やがてその活動を停止した。……今の行動のせいで新しい剣も激しく消耗してしまったようだが。

――やっぱり、安物は駄目だ。Bランクの魔物相手にはまともに使えないじゃないか。


それはさておき、トロールを倒して道が開けたので私たちは森の中へと突入する。

周りの魔物からの追撃はいずれ止むだろうがこれで終わりではない。

森の中からは続々と魔物が出てきている。それらとの遭遇戦が予想された。




「はぁ……後ろからはもう来ていないようね」

「そっか、よかった。ノドカ、森の中はどう?」


森の中では歩きながら慎重に進むことにした。

しばらく森へ入った私たちを追いかけようと引き返してきた魔物の追撃を躱しつつ、無事に森の中を進めてはいる。

視界の制限される森の中ではノドカの索敵がより重要となっていた。


「う~ん、わたくしたちに~気付いているのは~いないみたい~」

「そうは言っても、進んでいるだけで魔物とは遭遇しますが……ね!」


コウカがノイジーフライという虫型の魔物を切りつけるとノイジーフライは力を失ったように地面へと落下していく。

この森は虫型の魔物も多いみたいだ。さっきから頻繁に遭遇する。


「前から~」

「――ッ! マスター!」

「コウカ姉様、ボクが!」


ノドカが報告する前にコウカが動き、突如飛来してきた数本の細い針を叩き落とした。だが全てを落とすことはできなかったようだ。

しかし、残りの針はダンゴが持つ鉄製の大きな盾に吸われるような形で全て弾かれる。


「よくやりました、ダンゴ!」

「……わたくしの~報告~……」

「間に合っていませんでした! もう少し早く話す努力をするか早めに報告をください、ノドカ!」


コウカがダンゴを褒めると、ダンゴが喜びを露にする。

だが代わりにノドカはいじけてしまった。


「うぅ~……前から10~……16匹です~」


それでもしっかりと報告はしてくれる。間延びした話し方は何も変わらないが。

コウカに叩き落とされ、ダンゴの盾に弾かれた針を見遣ったシズクが口を開く。


「そ、その針……アーミービーだね。は、針には毒があるから、ユウヒちゃんは触っちゃダメだよ」


蜂か。

毒があるみたいだから、言われた通り絶対に触らないようにしよう。

みんななら大丈夫かもしれないが、私は毒への耐性がないから危険だ。どんな毒かはしらないが、ろくでもないものだろう。


そうして間を置かずして攻撃してきた敵が姿を現す。シズクの言った通り、前から近付いてきたのは大きな蜂の軍団だった。

まずはコウカとダンゴが先陣を切っていく。

それなりに素早い相手だが防御力がなく、的も大きいのでコウカは戦いやすそうだ。それでも数が多いので、そこは上手くダンゴがカバーしている。

ダンゴは死角からコウカを狙った針による攻撃を盾で受け流し、自分も積極的に盾で殴りつけている。力自慢のダンゴによる殴打はそれだけでかなりのダメージとなるのだ。

2人が上手く立ち回ってくれているおかげで、私たちには完全に注意が向いていない。


「名付けて……【アクア・スネーク】」


シズクが完全にアーミービーの注意の外から、水流を生み出す。

ダンゴやコウカの間を這うように流れていく水流はアーミービーたちをまとめて飲み込んだ。

水の流れに飲まれ、抵抗すらできずに流されるアーミービーたちが一箇所に集められていく。

飛べなくなって地面を這い蹲っているアーミービーたちに止めを刺すのはコウカとダンゴの役目だ。彼女たちはそれぞれ自分の武器と防具で一体一体確実に止めを刺していった。


「シズク、ナイスアシストだったよ」

「あ、ありがとう」


シズクが照れたようにはにかむ。褒められて嬉しいのだろう。

そんな彼女だが、息絶えたアーミービーたちを見ると表情を引き締めた。


「じょ、女王に見つけられる前に離れないと……」


シズク曰く、アーミービーの上には確実に女王がいるため、うかうかしていると女王に捕捉されてしまうらしい。

そうなると、大量のアーミービーとも戦うことになってしまう。魔力を温存しなければならない以上、避けられる戦闘は避けたい。


そうしてノドカの索敵を頼りにできるだけ安全なルートを選択して進んでいくと、何とか女王に見つけられることなく森を抜けることができた。

森を抜けた先では山々が広がっている。

そして見える山全てで、蔓延る魔物たちがワラワラと動いている光景が映っていた。

――スタンピードはまだまだ終わりそうにない。


「これじゃあボクたち、山を越えることもできないね」

「戦いは~避けられないかも~」


魔泉の中心へ行くにはこの山々のさらに向こう側へ行く必要がある。

だが山を越えていくにせよ、迂回していくにせよ、大量の魔物の目から逃れることはできないだろう。


「これ以上進むのは危険よ。どうするの……?」


全員の視線が私へと集まる。選択権は自然と私に委ねられた。

――まだだ、まだ諦める時じゃない。


「山を登ろう」

「登るって……まさか全部、倒していく気?」


ヒバナが正気か、と訝しむ。

それこそまさかだ。ここで大量の魔物を相手取っていては魔泉の中心に辿り着く前に魔力切れになる。

山を登るのも体力を削られるが、魔力を削られるよりかはマシだ。

それに何も無策で山に登ろうと考えたわけではない。

たしかに魔物たちの配置に抜け穴らしきものはない。どこを見ても魔物ばかりだった。

でも、穴がないのだったら作ればいい。


「アンヤに影魔法を使ってもらうんだ」

「あ、アンヤちゃんの……?」

「それとノドカにも手伝ってもらうよ」


私とアンヤを除いた全員が首を傾げる。

少し賭けに近くなるが、試してみる価値は大いにある。




「こ、こっちよー」

「アンヤちゃん~、3番と~7番~」


ヒバナの声とノドカに教えられた番号に従い、アンヤに影を動かしてもらう。

私も調和の魔力でその補助をしていた。

魔法の制御に集中している私とアンヤ、ノドカ以外の4人は先程のヒバナのように適当に声を出してもらっている。


「ちょっと……これ本当に――」

「ヒバナ、集中です……くっ、この! 来るならどこからでも来い!」


顔に疑問の色を浮かべるヒバナをコウカが宥めたと思うと、特に姿勢を変えずに迫真の演技をする。何事も全力でやるのはいいんだけど、すごくシュールだ。


今、私がみんなにやってもらっているのは魔物の群れに穴を作る作戦だった。

具体的にはアンヤに人型の影を何体か作ってもらい、前方の山にばら撒く。

次にノドカの風魔法で影の側までみんなの声を運び、あたかも影が声を出しているかのように見せかける。

後は、魔物を引き連れた影を山の内側から外側へと向かわせるだけだ。

真っ黒な人型だが意外にも魔物は騙されてくれた。魔物たちは影を見つけるとそれらを追いかけはじめ、山の外へ外へと捌けていってくれる。

声を使ったのもよかったのか、囮としては最大限の働きをしてくれていた。


こうして私たちは魔物がいない山道を悠々と登っていく。私もここまで楽ができるとは思わなかった。

こう魔法を多用していると魔力消費が心配になるが、意外にもそれほど魔力消費はない。

影潜りで無理矢理移動したりしなければ、影魔法は非常に低燃費な魔法らしい。


「すごいね、シズク姉様……」

「う、うん。こ、こんなに効果が……」


ダンゴとシズクが少し呆然としながら会話していると、コウカから叱責される。


「ダンゴ、シズクも。まだ終わっていませんよ。……いいでしょう! わたしが相手になります、マスターの元へ行かせはしません!」


話す内容は正直どうでもいいのだが、コウカの頭の中には何かシチュエーションが浮かんでいるのだろうか。

ただ、よく通る声で話してもらえた方が囮としては良い働きをしてくれると思うので、ありがたいと言えばありがたいのだが。

これで本体の方に寄って来たら最悪だったが、今のところそんな傾向はない。




そうしてしばらくの間、山を登っていた私たちの視界が開ける。


「あっ、あの湖! あそこが魔泉の中心だよ!」


シズクが山々の丁度中央に位置するように広がっている非常に大きな湖を指す。見たところ、あれは所謂カルデラ湖というものに見える。

この山脈の稜線上からの景色は見渡す限りの絶景だったが、同時にそこに移り込んだ光景に絶句する。

遠くに見えるオニュクスの街へと迫る無数の魔物たち、この場所から見える景色には必ず魔物たちの姿が写り込んでいたのだ。

――ただ、一箇所を除いて。

それがその湖だ。


「中心なのに~、何も~いませんね~」

「そんなわけないわ、絶対に何かがいるはずよ」


マイペースであまり緊張感が感じられないノドカとは対照的に、ヒバナは何も見えない湖を強く警戒しているようだ。

魔泉の中心に何もいないなんてあり得ない。ヒバナの言うように、絶対に何かいるはずだ。

そもそも、魔物たちの動きだっておかしいのだ。

魔物たちは絶対に湖へと近付こうとせず、反対側の山へ行こうとするのにもわざわざ山々を経由して移動している。まるで何かを避けるかのように。

上から湖側の麓にある森の様子を窺ってみても、魔物の数が極端に少なく感じた。


何にせよ、この山の稜線上にいるのも危険だ。ここは見晴らしが良すぎる。

これではアンヤの魔法で魔物を散らしていても、気付かれてすぐに寄ってきてしまう。


「行こう、みんな」


何が待ち受けているのかは分からないが、やっとの思いでここまで来たのだ。

必ずやり遂げてみせる。


七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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