セレスティア魔法学園の朝は、
7月の陽光に浴し、星光寮のステンドグラスが青と金の光を食堂に投げかけていた。
生徒たちの笑い声が響き、初夏の風がカーテンを揺らす。
だが、レクト・サンダリオスの姿はない。
第28話でパイオニアが記憶の鏡を乗っ取り、学園から彼の存在が消えた。
ヴェル、ビータ、カイザ、アルフォンス、フロウナ――誰も彼を覚えていない。
セレスティア魔法学園は、レクトのいない日常を淡々と続ける。
教室の片隅で、
ヴェルが唇を噛む。
震度2の魔法で机を軽く揺らし、苛立ちを抑える。
「その魔法ほんと弱っちーよね」
クラスメイトの嘲笑が耳に刺さる。
彼女は俯き、拳を握る。
かつて、誰かがそばで笑顔をくれ、クラスに溶け込む手助けをしてくれた気がする。
第27話のビーチで一緒に笑った記憶も、なぜかぼやけ、心に空虚な穴が空く。
震度2の魔法が机を震わせ、嘲笑が一層高まる。
「やめてよ………っ」
彼女の呟きは、教室の喧騒に埋もれる。
校庭では、
カイザとビータが教師に睨まれる。
カイザの電気魔法がスパークを散らし、ビータが時間遡行で教師の書類を一瞬巻き戻す。
「また問題を起こす気か!」
フロウナ先生の声が響く。
彼女の目は厳しい。
カイザは舌打ちし、「面倒くせえな」と呟く。
ビータは無表情で魔法書を閉じる。
二人とも、かつて誰かが自分たちの荒々しさを和らげ、仲間として繋いでくれた気がする。
第27話でカイザが海のトラウマを話した相手は、記憶の底に沈む。
一体誰だったのか。
職員室では、
フロウナが書類を整理し、消臭剤のシトラスの香りに顔をしかめる。
アルフォンス校長は校長室で書類に目を落とし、記憶の鏡を手にしない。
二人とも、レクトの名を口にしない。
サンダリオス家の記録には、レクトという子は存在しない。
そして驚くことに、ゼンが生きている。
教室の隅で、彼は無言で教科書を眺める。
第4話の毒林檎による死、それによってレクトが負った罪悪感も、今は何も無かったことにされている。
サンダリオス家には、最初からレクトはいなかった。
セレスティア魔法学園の日常は続く。
食堂でヴェルが一人で朝食を食べ、嘲笑を避ける。
カイザとビータは校庭で教師に叱られ、反抗的な視線を返す。
フロウナは生徒たちを見守り、アルフォンスは校長室で黙々と働く。
ゼンは教室の隅で静かに座り、彼は人との関わりを絶っている。
サンダリオス家の記録には、レクトという子は存在しない。
セレスティア魔法学園から、そしてこの世界から、レクト・サンダリオスがいなくなった。
暗闇の中、
レクトは冷たい床に横たわり、目を覚ます。
頭が重く、さっき食べた禁断の果実の味が喉に残る。
食堂で無心に果実を食べ続けた記憶――
バナナの味のようなねっとりした甘さ、
リンゴの味のような酸っぱさ、
ブドウのような弾ける果汁――
が断片的に蘇る。
辺りは光のない虚空で、壁も天井も見えない。
果実の瘴気が体に絡みつき、動くたびに重い鎖のような感覚が襲う。
「ここは……?」
声は闇に吸い込まれる。
レクトは立ち上がり、
出口を探して手を伸ばす。
だが、指先は空を切り、足音が虚しく響く。
「ヴェル! カイザ! ビータ!」
叫んでも、返事はない。
仲間と笑った時間が遠く、胸に空虚が広がる。
暗闇の奥で、炎の光が揺らめく。
パイオニアが現れる。
黒い瞳は自我を失う闇そのもので、
炎魔法は不自然に脈動し、黒い瘴気が混じる。
「無駄だ、レクト。」
パイオニアの声は低く、父の面影を欠く。
「やっとこの体と人格の適合に成功した。パイオニアは足掻いて面倒だったが、とうとう私のものだ。」
笑い声が暗闇に反響し、炎が一瞬大きく燃える。
レクトは後ずさるが、足は鉛のように重い。
「やっぱり父さんじゃないんだ。誰だ!?
いつから……!」
パイオニアの姿をした男は唇を歪める。
「私はサンダリオス家の野望を叶える者。
禁断の果実の瘴気が、私をこの体に呼び込んだ。」
彼の手には、
不気味な果実が光る。
「レクト、俺と一緒に世界を滅ぼそう。グランドランド、シャドウランド、ストームランド――フルーツ魔法で全てを焼き尽くす。
お前は私の傑作だ。」
レクトの胸に恐怖と無力感が広がる。
アルフォンス校長とカイザで掴んだ感覚制御も、今は遠い。
体は果実の瘴気に縛られ、意思が薄れる。
「…………にしろ」
声は弱く、闇に溶ける。
パイオニアの炎が近づき、熱が肌を刺す。
「聞こえなかったぞレクト。もう一度」
……!
レクトは怒りを露わにするが、体の重さは変わらない。
「抵抗は無意味だ。世界は私のものになる。」
「父さんじゃないなら躊躇はいらない、絶対にお前は倒す!!!!」
次話 11月8日更新!
コメント
4件